2024年秋から2025年夏までの日記とエッセイ一本をまとめた一冊。
読んだ本や生活のこと、すきなひとやすれ違った人のこと、日々の感情をつづったはじめての本です。
【本文より抜粋】
秋 あるひ
朝から風が強い日。天気予報を見れば出勤時間以降の風速の予報が7m7m5m5m7mで、はしゃいでいる短歌のようだった。
風がすべてをさらってしまう夢をみた それっきり
というところまで考えて、テレビを消した。
冬 あるひ
あと十五分ほどで閉店するミスドにいるのは一人客が数人だけで、誰もがつかれた顔をして、ドーナツをぼんやりと、どこか遠い夢でも見つめるように眺めていた。なんとなく、みんな自分のために買うのではないかと思った。ドーナツにしか入ってこられない心の穴みたいなものがあって、でもそれは、ほんとうに入ってくるわけじゃなくて、自らも空洞を抱えているドーナツだけが重なってくるのかもしれない。
しばらくは食べずに、ドーナツを松明のように手に持ったまま歩いて帰る。私が諦めた乗り換えのバスが、夜を泳ぐ鯨のように私を追い抜いてゆく。
春 あるひ
責任転嫁はなぜ転がる嫁と書くのだろうと思い、調べる。なかなか気分が悪くなる。だいいち「嫁」を女に家と書く時点でだいぶきもいなと思って、きもいきもいきもいきもいと連呼していたら口が回らず「もいもいもいもい」になっていた。もい。フィンランド語でこんにちは。もいもい。フィンランド語でさようなら。転がる嫁よ、家の壁をぶちやぶりどこまでも行ってしまえ。
夏 あるひ
「す」から始まる言葉がすきだ。澄み渡る、透きとおる、すこやか、すずやか、すやすや、するり。風を感じて軽やかで、少し孤独だ。一番すきなのはひらがな。道のようなきまじめな一画目に、風がひとすじ吹き抜けてゆく、「す」のような女になりたい。