皆さんが、ゲームや物語の文脈で「ファンタジー」と聞いて想起する世界観は、どんな姿でしょうか。それは例えば、魔法が生活に根差して、不思議な生物がいて、身を守る手段としての剣があって、徒歩で遠くまで旅する世界かもしれません。
このような世界観は、ひと昔前の、電気やガスを使った工業製品が、まだ存在しない時代に似ています。人によっては「いやいや、さすがに魔法はなかったでしょう」と思うかもしれません。しかし、人びとが超自然的な存在や現象を「信じていた」という意味で、その時代に魔法は存在しました。
このような世界観は、実際の時代に当てはめると、地球上で最も早い産業革命(※)が起こる前に該当します。西洋中心の歴史観では、産業革命以降を「近代」と定義することが多いです。そのため、産業革命以前の時代を指す言葉として、「前近代」をよく使います。本書でもこれ以降、ファンタジー世界に似た時代を指す言葉として、「前近代」を使っていきます。
私たちはなぜ、ファンタジー世界を前近代に求めるのでしょうか。その理由の一つは、失われた時代に対して、何らかのノスタルジア(郷愁)を抱いているからだと思います。それは例えば、魔法や奇跡が根差した生活だったり、剣を使用しての戦闘だったり、徒歩や馬による旅だったりします。すなわち私たちは、現代の生活からは失われてしまった「何か」を求めて、ファンタジーの世界に親しむのだと思います。
ファンタジー世界は、無から創造されるわけではありません。どのファンタジー世界にも、必ずモデルとしている既存文化があります。というのも、文化とは途方もない長い時間をかけて、あまたの人間の思考を介して、形成されていくものだからです。たとえ頭の中だけの空想だとしても、人間ひとりが生きられる時間内で、たった一人で、まったく新しい文化を創造することはできません。
例えば、J.R.R.トールキンは西洋文化をモデルに『指輪物語』の世界を、田中芳樹は中東文化をモデルに『アルスラーン戦記』の世界を、上橋菜穂子はアジア文化をモデルに『精霊の守り人』の世界をつくりました。このような著名な小説家でさえも、既存の文化をモデルにして、ファンタジー世界を構築しているのです。
私自身も含めた、ファンタジー愛好家はよく、ファンタジー物語を、その世界がモデルとしている文化によって、西洋系、中華系などと分類します。分類することで、好きな世界観を他者と共有しやすくなり、より楽しくファンタジー愛好活動(?)をできるからです。
そのうち西洋系ファンタジーは、中世期の時代、つまり「中世ヨーロッパ」の文化水準で設定されることが多いです。このようなファンタジーを、本書では「中世ヨーロッパ風ファンタジー」と呼びます。
ネットを通じて、手軽にオリジナル漫画や小説を公開できるようになった昨今、中世ヨーロッパ風ファンタジーを創造するための、指南書が数多く出版されています。ところがいずれの本も、世界構築のための物理的側面――登場人物の服装、食事の献立、建物の形状など――に着目しがちで、人びとの心理的側面には着目しません。
たしかに世界観構築のためには物理的側面も大事です。しかし物語とは大前提として、人間の心の動きに着目する芸術だと思います。仮にファンタジー世界の人びとが、現代人とまったく同じ思考や価値観を持っていたとしたら、せっかくつくりあげた世界観が充分に活かしきれておらず、個人的には少しもったいなく感じます。そこで中世ヨーロッパ風ファンタジーを創造するための、心情の指南書になることを目指して、本書を執筆することにしました。
本書の目的は、中世ヨーロッパの人びとの心情に迫ることです。現代とはまったく異なる、中世ヨーロッパにおいては、人びとは日々、どのようなことを考え、生活していたのでしょうか。本書ではとりわけ、人びとの不安の源である「恐怖」の対象と、その恐怖を解消して、心穏やかに生活するための「信仰」に着目します。