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なにものにもならないもの

  • 南3-4ホール | た-15 (ノンフィクション|エッセイ・随筆・体験記)
  • なにものにもならないもの
  • モリセ
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 130ページ
  • 1,000円
  • https://morisae.base.shop/ite…
  • 2025/10/1(水)発行
  • 「まあこの人生も結構いいじゃん」系エッセイ


    \有名大学卒! 有名企業づとめ!/
    \起業!難関資格取得!/
    すご〜い!羨まし〜!泡吹いて倒れそ〜!

    キラキラ要素ゼロのおばさんが、激しい自分語りとともに「なにものにもならないもの」たちを大肯定。
    読むと人生が最高に輝き出す。
    あなたが読後、ニコニコで1日を締めくくることによって完成するタイプのエッセイです。

    【目次】

    ・はじめに
    ・心のなかにエムを飼う
    ・才能があるとか、成功してるとか
    ・一人勝ちは実質負け
    ・やるぜ!無責任コーチング ~百万円にビビる編~
    ・やるぜ!無責任コーチング ~半分やって辞める編~
    ・涙きらめく夜が過ぎ、君は普通のおばさんになる
    ・専門家になりた、く、な、い、
    ・おばさんよ、ZINEなど作れ
    ・結婚妊娠出産キャリア終了(ライフ開始)
    ・「何者かになる」ことと、「私らしい」こと
    ・おわりに

    【サンプル】一人勝ちは実質負け

    ……ところで、勝負の場で勝つために必要なものは何か、と問われたら、あなたはなんと答えるだろうか。圧倒的なスキル? 勝負運? 戦略性?
     要素は色々あるとは思うが、意外に見落とされがちなポイントがあることをご存じだろうか。それは、競争のための「場所」だ。
     ジェイン・ジェイコブズというアメリカの女性ジャーナリストは、著作のなかで繰り返し「競争のためには、競争できる場所が必要だ」と述べている。私はこの考え方がとても好きなので、ちょっとこの場を借りて、詳しく紹介させてほしい。  最初に、誰かが一人勝ちしてしまい、その状態が固定すると、何が起きるかということについて考えてみたい。
     まずは、みんなが切磋琢磨して競争できるような場所がなくなってしまうだろう。「どうせ頑張っても、あの人には勝てないから無駄」と多くの人が思ってしまうからだ。
     でも、考えてみてほしい。そんな状況で「新しいコト」なんて生まれるだろうか? 仮に自分が「王者」の立場だとしたら、何をやっても勝てるなら、これまで通りの方法をするのが省エネで楽だと思うに違いない。
     でも、あらゆる物事はうつろうものだ。環境が大きく変化したとき、今の「王者」がそれに対応する術をもたず倒れてしまったら、どうすればいいのだろうか。困った王者から「自分はもう死にます。で、僕が死ぬってことは、皆さんも同様に死にます」とか無責任なことを言われて、納得できる人はいないと思う。私ならめちゃくちゃキレる。
     というわけで、こういうときに必要になるのが、「二位」の存在だ。虎視眈々と王者の地位を狙い、王者と自分の違いを知っており、チャンスがきたときに「自分、その状況対応できます!」と手を挙げられる存在だ。
     ……というわけで、どうだろうか。一人勝ち、そんなにメリットないんじゃないか、という私の気持ち、ちょっと分かっていただけただろうか。
     というか、私たち人間は多細胞生物だ。多細胞生物っていうのは、「多様性をキープすることで生き延びる」という戦略を選んだ生き物である。一人勝ちの賞賛っていうのは、こういう生き様を選んだ私たちの先祖に対する冒涜じゃないですか。ね。あなたもそうは思いませんか。思わない? そうですか。変だな。え、話が壮大すぎますか? そうかもしれない。すみませんね、おばさんって日常のあらゆる場面でドラマチックな要素を入れないと泡を吹いて倒れてしまう生き物なものですから……。
     そういえば、私が敬愛する人類学者のデヴィッド・グレーバーは、人類の「文明」って基本的に、「カリスマ」的な男性によって「前進」してきたと考えがちですよね、みたいなことを指摘している。
     人類を大きく変えた発明というと、どんなものがあるだろうか。たとえば、エジソンが電球を発明したり、ピタゴラスが三平方の定理を発見したりというような例を思いつく。
     でも、その「発見」って本当に「その人だけの発見」なのだろうか、というのがグレーバーの考えだ。そうではなく、人類の知識体系は、名もなき人々による「遊び」の形で積み重ねられてきたのではないか、と彼はいう。
     積み重ねる際に使われてきたのが、たとえば女性たちが遊びで作ってきた、ビーズや織物、編み物などだ。積んでは崩し、初めてみては御破算にし……。「やっぱ、やーめた」と三日坊主で楽しまれてきた内容をもとに、人類は少しずつ、複雑な知識を編み出してきた。それがあるとき、コップの水が溢れるように、誰か一人の「カリスマ」によって「発見」され、言語化され、一気に広まっていくのだ、と。
     たとえば『資本論』で有名なマルクスだって、あの理論をゼロから一人で考えだしたわけではないそうだ。当時の名もなき知識人たちがカフェなどで「資本って、こうだよね」と話していたようなことを、マルクスが言語化して書籍にまとめた、という流れが存在することが分かっている。世界を変えるようなアイデアが、たった一人の「天才」によって「発明」されるなんていうのは、まあ言ってしまえば、嘘なのだ。
     結果的に歴史に名を残したのは、たとえばエジソンであり、ピタゴラスであり、マルクスだ。
     でも、「リレーのアンカー」として走り、おいしいところを掻っ攫っていった人だけを「すごい人だ」と崇め奉ることって、私はどうも、不平等じゃないのか、と思うわけだ。歴史がもしもドラマだったら、私はやっぱり「名もなく、功績もなく、ただ、人類の大きな蓄積に一役買った人たち」にも、同じぐらい盛大な拍手を送りたい。
     というわけで、この文章をまとめてみよう。そもそも「一人勝ち」をするためには、名もなき人々が連綿と積み重ねてきた蓄積がなければいけない。そして、一人勝ちをして勝負の場所を無くしてしまえば、結局最終的に、誰もが共倒れになりかねない。
     そう考えてみると、一人勝ちなんてしなくていいし、カリスマになんてならなくていい、というふうにも思えてくる。遊びながら試行錯誤しているとき、私たちはたしかに、人類を前へ前へと押し進めているのである。それってちょっと、ドラマチックではなかろうか。
    この文章で参考にした本 ●ジェイン・ジェイコブズ著、山形浩生訳『[新版]アメリカ大都市の死と生』(鹿島出版会、2010年) ●デヴィッド・グレーバー著、デヴィッド・ウェングロウ著、酒井隆史訳『万物の黎明――人類史を根本からくつがえす』(光文社、2023年)

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