食人鬼グレーテル_Wie Gretel Schlachtens mit einander gespielt haben.
- 南3-4ホール | い-28 (小説|ファンタジー・幻想文学)
- しょくじんきぐれーてる
- 虎渓理紗
- 書籍|文庫判(A6)
- 42ページ
- 1,000円
- 2025/11/23(日)発行
そうと決まれば準備をしよう。 清潔にしてほどよい肉付きにすれば、今までしたことがないようなことができるはずだ。それに眠らせてはダメだ。そのまま、新鮮な状態で食べるためには――生きたまま。
ボクが初めに食べたのは兄だった。
賢くて優しい兄さん。お母さんが私たちを森に捨てていく相談をしていた時だって、私達が生きて帰れるように目印をつけると言った。優しくて大好きな兄さん。魔女に捕まって豚のように肥えていく兄さん。それでも魔女を欺こうと木の棒を差し出し続ける兄さん。私だけが知っている。兄さんが日に日においしそうに変化していくのを。
ああ、美味しそうだ。
もう、ボクは耐えられない。
兄さんを食べ、焼け死んだ魔女の炭を飲み込んだボクは屋敷の主人になった。
神に裁かれない代わりに、この屋敷から出られず、人間しか食うことができない呪い。 「お前か。最近、……人間を食い尽くしている食人鬼ってやつは」
ある日、屋敷を訪ねてきたその男は旅人のような恰好をしていた。ボクに迎え入れるまま暗い玄関を靴を履いたまま上がってくる男。男の頭はカボチャを被っていた。
本編の前日譚、同時販売。伯爵がグレーテルの屋敷に初めて訪れた頃。彼との交流でグレーレルは学習していく。人間はどうすれば美味しいのかと。子どもが親を見て学ぶように、その果てに得たものとは?
★冒頭公開★
ボクが初めに食べたのは兄だった。
「グレーテル。寒くはない? お腹は……空いているよね。ごめんね」その年はひどい寒波に見舞われて、私たちは何日もひもじい思いをしなければならなかった。たぶん、街だって同じだ。お父さんはきこりだから木を切って街に売りに行く。
けれど街にいる人もお金がない。せっかく切った薪木もお金に変えられないなら意味がない。売れ残った薪木を持ち帰るとお母さんに怒られていた。
どうやって生きていけばいいの。
お母さんの金切り声が聞こえる。外の風が吹き込んでくる薄い壁は、お母さんの声もよく通す。お父さんは謝ってばかりだ。お父さんだけが悪いわけじゃないのに。お母さんだって分かっているはずなのに。
悪いのは、この寒さのせい。
夏に気温が上がらず、十分に作物が取れなかったせい。疫病が発生して働き手がいなくなったせい。権力者が小麦をみんなせしめてしまったせい。街を歩く人がいなくなってお父さんの薪木を買う人がいなくなったせい。森の端っこで、こんな小さな家に住んでいる私たちが、どうしようもなく貧乏だったせい。
きっと、神様はひどい人だ。
生まれながらに差を与え、地位が低いものに這い上がる救いをくださらない。
ひどいやつだ。
私はきっと大人にはなれない。
「グレーテル。よく聞いて」
兄さんがこういったのは、お母さんが私たち二人を森に捨てようといったからだ。大人二人の食料なら賄える、けれど子どもたちは賄えない。お母さんが善いお母さんならば、子どもにその食料をくれるだろう。だが、大人にも余裕がない。ひどい話だと思いながらも、そういう人だったのかと諦めもつく。きっとこんな話は珍しいことではない。
ありふれた、どこにでもあるようなお伽話だ。
大人に捨てられる子どもなんて珍しくもない。
「ヘンゼル。でもどうするの。森に捨てられたら」
「いいかい。目印をつけるのさ。たぶん、森の奥に連れて行かれるだろう。でも、そこまでの道中に目印を置いておけば、僕らはそれを頼りに家に帰ってくればいい」
兄さんは賢い。
兄さんは優しい。
きっと兄さんはこんな家に生まれていなければ苦労もせずに学者になれていただろう。首都の綺麗なお屋敷で立派な大人に。それも全てこの家に生まれてきてしまったせい。
兄さんが羽織っていた毛布を半分貸してくれる。ペラペラの心許ない毛布だけど、兄さんの体温が伝わって少しばかり暖かい。お母さんの金切り声も、お父さんの謝る声も、外から吹雪いて来る冷たい風も、みんなみんな兄さんがいてくれれば――きっと。
乗り越えていける。
そう、私は思っていた。
