残り一冊!
100年くらい前のどこかの誰かを軸とした短編2編と巻末詩集
紙の上に存する女に恋をした。
ある雑誌に載っていたただ三枚の広告写真の、モダンガールを気取った女が微笑みかけてくる。
その女と目が合ったが最後、俺の心はタチマチ盗まれたというわけだ。
女の素性は? 名前は?
俺は考えるでもなく女について夢想し、そしていつしか女と生活する。
絵描きの俺と、広告写真の女、友人の東家。
恋の夢想とその生活は時代を問わない。
大正末期に新時代が香る、独り善がり恋愛小説。
──妄想と現実に境を付けるな! 雑誌広告の女に恋をする仮想恋愛小説。
台風で増水した大川を眺めながら、このまま死んでしまえば棺に竜胆が入らないので、やっぱりやめようと思った。
──棺に入る花は竜胆が一等良い。それは私のものであっても、その女のものであっても。
紙の上に存する女に恋をした。濡羽の髪をおかっぱにして脛を見せる洋装はいはぬ色、椅子に腰掛ける様は毅然として、ツンと上向いた顔の燃ゆる頬に、肌は上等の正絹の白さ、薔薇色の唇が麗しい。写真であるから、その色は本当のところはわからないものの、俺にはそれらが、前述の色をしていると信じて疑えない。俺は絵描きだから、そういった色の機微には聡いのだ。きっとそのような容色の女であるに違いなかった。
女をはじめ知ったのは、新しく刊行されると前々から大々的に広告されていた大衆雑誌で、女と出会った時のその光景は、今でもハッキリと覚えている。松の内もとうに越した新春の、よく晴れた、風は冷たいのに陽は緩い午後のことだ。六畳の狭い部屋を油の匂いで充満させ、ナイフで画面を撫で付けるのに飽きた頃、画材の生活している部屋の唯一自分のものである万年床に転がって、買ってからしばらく放っておいたそれを手にとった。正月らしい日の出を背に、髪を崩した女が淡く笑んでこちらに目線を投げかけている。もとより特段の興味もないものを無理に引き出された好奇心一存で買ったのだから、表紙の女の絵に翼が生えていることすらも気に食わず、一体何者だいと思ったものだ。
初めは手に取りもしなかったその雑誌を手に取らせたのは、流行り物好きの東家のせいで、あれが出版する前から周りにその雑誌を喧伝し、そうこうするうちに本当に世間がその話に持ちきりになるのだから、つい読んでみようという心を持たされた。それでも表紙は気に食わないし、随分と部屋の隅で絵具の下に隠されていたのだが、それを思い出して引っ張り出したのは、つまりはただの気まぐれというやつだ。
内容というと、経済の数字を追ったかと思えば大衆小説が挿しこまれ、落語があるかと思えばダンスの良し悪しの話まであり、あらゆる話題を網羅している。目は通すものの浮薄な内容を読み飛ばし、それが結局のところ大半でハナも引っ掛けなかったが、一通り頁を繰った中から、ハタリ、その女と目が合ったが最後、俺の心はタチマチ盗まれたというわけだ。
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