こちらのアイテムは2023/11/11(土)開催・文学フリマ東京37にて入手できます。
くわしくは文学フリマ東京37公式Webサイトをご覧ください。(入場無料!)

『ぽてと元年』

  • 第一展示場 | A-31 (ノンフィクション|エッセイ・随筆・体験記)
  • ぽてとがんねん
  • 山本ぽてと
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 1,000円
  • @PotatoYamamoto
  • 2023/5/29(月)発行
  • 那覇空港に穴が空き、飛行機に閉じ込められる。知らない人の法事に参加する。引っ越しをした矢先に財布をなくす。父が選挙に落ちる。春節の日に河原で爆竹を鳴らす。日常をぼんやりと綴ったエッセイ集。

    目次

    実家の建付けが悪い
    サウナと即位
    ヨシオカさんの話
    シェアオフィス日記
    知らない人の法事へ行く
    灰色の海
    文字を書く
    本棚をつくる
    寿司を買う
    水を泳ぐ
    喪があける
    魚になる
    ピザと夜
    自転車をこぐ
    コーヒーと重み
    だいたい五〇〇字日記(二〇二一年末年始)
    爆竹が鳴る
    中国語日記
    凧をあげる
    カナダF0REVER
    東京とピザ

    ~試し読み~

    「爆竹を鳴らす」

    「なんか、むしゃくしゃしているんで、爆竹でも鳴らしたいんですよね」
     と中国語の授業で言ったら、
    「いいですね。ぽく、爆竹いっぱい持ってますよ」
    と先生が言った。春節の日のことだった。
    「今日ならば、友人と家で餃子を食べるので、一緒にどうですか」と言う。春節は素晴らしい。
     先生は台湾出身で、大学院で写真を研究しているのだと聞いた。はじめて会っ たのは一二月で、マフラーを首にぐるぐる巻いて、アイスコーヒーを飲んでいた。 南からやってきた人だなと思った。
     夜、ビールとハーゲンダッツを買って先生の家に向かった。階段には植物がぎゅ うぎゅうと並べられ、自由に育っている。「福」と書かれた赤い紙が玄関に貼ら れている。チャイムを押すと、爽やかな笑顔の女性がドアを開けてくれた。
    「あ、これはおじゃまでしたかね」
     と思わず口から出て、年寄りみたいな言い方だなと思った。 いえいえと女性は笑い、先生も小さくはにかんだ。彼女はHさんと言い、手を洗いたいという私に石鹸の場所を教えてくれた。石鹸は小さくて薄かった。
     台所には使い込まれた調理器具がぎゅうぎゅうと並び、石油ストープの上には スープの入った鍋が置かれていた。冷蔵庫には水道業者が送ってくるマグネット がぺたぺた貼られている。私は勝手に冷凍庫を開け、ビールとハーゲンダッツの アイスを冷やした。
     机の上には、せいろと、具の入ったボウルがふたつと、皮が用意されていた。三人で餃子を包む。Hさんは中国に留学をしていた経験があり、古い布についての研究をしており、最近修士論文を書き上げたばかりで、その論文は大変に分厚いのだと教えてくれた。
     せいろに餃子を並べる。火にかける。蒸しあがるのを待っている問に、ビー を開ける。餃子が蒸しあがる。一口食べると、わ、と声が出た。甘くて柔らかい。 旨味、爽やかな香りが鼻に抜ける。牛肉とセロリの餃子だという。
    「ぽくがはじめて覚えた歌です」と先生は台湾の陽気な音楽をYouTubeでかけ た。男性二人が陽気に歌っている。海や空の色、植物の色と形が見慣れたもので、 照屋林助の「ワタブーショー」を思い出した。
     もうひとつ思い出したことがある。私は沖縄で生まれ育ったが、小学校一年生 の時だけ北海道で過ごした。それまでの私にとって「そば」とは白い麺に三枚肉、 ネギや紅ショウガが載ったカラフルなものだった。でも北海道ではじめて灰色の 汁に灰色の麺の「そば」を目にした。これからはしばらく灰色の世界で生きてい」 くのか、と悟って泣いたのだ。
     そんな話をしたら、先生もはじめて台湾から東京にやってきたときに、彩度が低くて気持ちが落ち込んだのだと言った。
    「落ち込みますよね」
    「落ち込んじゃいますね」
     いちいち確認しなくてもいいことだったが、確認してみると安心した。
     二一時から中国の紅白と言われる「春節聯歓晩会」がはじまった。ニコニコ生放送で視聴した。人が大勢出てくる。衣装にもセットにもお金がかかっているの がわかる。今年の干支である丑のロボットもいる。景気がいいなぁ、お金がある なぁと思った。間に吉本新喜劇のようなコーナーが挟まれ、コロナを克服した様 子が笑いと感動とともに描かれる。  Hさんは、そこで聞こえた中国語を、繰り返してすぐに口に出した。なるほど、 こうやって語学は勉強していけばいいのかと思う。それにしてもHさんは、歌ったり踊ったり楽しそうで、修論を出した人はやはり朗らかだなと思ったが、そもそも愉快な人物なのかもしれない。
     いい時間になったので、近くの川に向かう。 川辺には誰もいなかった。周囲の建物と、高架を走る電車から漏れる光がぼんやりとある。
     先生は台湾から持ってきたという大きな線香に火をつけた。琉球王朝の香りがすると思った。一時期父が琉球王朝で使っていたという香りのする草を、部屋につるしていたから、私は詳しいのだ。
     爆竹の向きを確認し、線香の先に押し付ける。次第に小さく燃える音がして、 煙が出始める。放り投げて、走って後ろに下がる。冷たい空気に、爆発音が響く。 三人でキャッキャと笑う。何回も繰り返していくと、だんだん無口になってきて、 儀式のようになっていく。バン、パン、バン、バン、パン。乾いた音が鳴る。ときどき電車が通り過ぎる。
     最後の三本になった。
    「じゃあ、せっかくだし、投げながら今年の目標でも言いますか」と私はちょっ と恥ずかしいことを提案した。春節なので、それくらいしておきたいと思った。
    「今年は本を出す」と私は投げ、パンと鳴った。
    「偉そうなことを言わない」と先生は投げ、バンと鳴った。
    「修論の口頭試問が通りますように」とHさんが投げる。
     ポン、とこもった音が鳴った。はじめて聞く音だった。
    「え、今の音なに? ねぇ、今の音なに? どういうこと?」
     とHさんは言い、私達はキャッキャと笑う。
     帰りに土手を歩く。センダングサのトゲが、コートの裾にたくさんくっついた。

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