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刻を巡る物語1

  • キ-43 (小説|ファンタジー・幻想文学)
  • ときをめぐるものがたりいち
  • 一福千遥
  • 書籍|A5
  • 60ページ
  • 400円
  • 2019/10/12(土)発行
  • ──少年は世界へと旅立ち、「世界」を知る。

    【あらすじ】
    霧深きミゼフルの村に暮らす、白色の髪を持つ少年、トキ。
    農作業の折々に、おっとりとしたトキをからかうダートンとラルダ、そんなトキをかばってくれる活発で明るいミッレに、紅一点のマーニャ。
    そんなかれらを見守り育てる、ニタス老人をはじめとするおとなたちに囲まれた、ささやかな村の暮らし。

    だがその平穏は、突如として鳴り渡った『金喇叭(オーロ・トロムペタ)』と『銀鐘(アルジェント・カンパーナ)』の音に砕かれゆく──

    あまりに唐突なできごとに、呆然とするしかないトキへと、ニタスが告げる。

    「──『瑠璃の歯車』を探してくるんだ、トキ」

    少年の出逢いと別れ、「世界」を知る冒険の旅を描く序章の物語。


    【お試しに冒頭部分を約千字】  

    「ミルクをさあっと、真っ暗な夜空に撒いたような景色があるんだってさ、この世界には」

     やさしい声でそう語るのは、雌牛飼いのタデウシュだ。褪せた藍色のチョッキをしっとりとした霧になじませながら、口許には篤実な、ひとの良いあたたかな笑みをたたえる青年は、その黒い目を少年よりもずっと輝かせて続ける。

    「見てみたいと思わないかい、トキ?」

     タデウシュの問いかけに、僕は──

     

     重い瞼が、ゆっくりと開いていく。それでもまだぼんやりしている寝ぼけ眼にようやっと抗いながら、少年──トキは上体を起こした。

     トキのとろんと眠たそうな視線は、プツプツと気泡が残ったままの分厚い硝子窓をまず認識する。その向こうにはしずかな霧がたなびいて、木々の緑も壁の白も、やわらかくその輪郭を溶かしていた。

     うっすらと緑がかった硝子に映される、きょうだいとの乳争いに負けた仔猫のように痩せっぽちな己の姿を、トキはしばらく、ぼんやりと眺める。

     トキが暮らすミゼフルの村でも珍しい白髪は、よく見れば毛先がほんのり淡い色に染まっている。この村の古くからの昔馴染みであるジ・メルー村の交易隊がかつて持ち込んだ薔薇の花のようとも、はたまた遠い昔の絵でしかその名を知らない烏賊墨色のようだと、おとなたちは口々に言う。けれどもトキ本人は、自分自身の毛先を彩るその色について、何と言ったものか、まるで見当もつかないでいた。

     そのことをトキが正直に口にすれば、村のひとたちは互いに顔を見合わせたあとで──まあ、おっとり者のトキならしょうがないかな、という表情を浮かべる。それはトキの、いつでもとろんとして眠たそうな黒い目と、小作りな体躯をかたどる線までもがうっすらとしているせいもあるだろう──そのことをトキ自身がどう思っているかなどは、さておいて。

     どのくらい眠ってたのかな、と息をついてから、トキは今度はしっかりと、窓の外をじっと見つめなおした。

     ミゼフルの村の内外四方を包む濃い霧は、時にたおやかな貴婦人のヴェールのごとく、そしてまたある時には自他の領域の別を峻厳に引くがごとくにまつわる。一年のほとんどすべてに近い期間を濃淡さまざまの霧に覆われたこの村では、蒼穹に燦々と輝く陽光の軌跡で時間を計ることはほとんど不可能だ。しかしよくしたもので、この村にはかつて古き世の賢人が組み上げたと伝えられる、時告げの鐘楼が据えられている。

     村の東側から響き渡る、鐘の音。堅固な石組みの鐘楼の最上階、人の手も力も借りず鳴る鐘は、漂う霧の水気に抗いながらも、最後はその奥へ溶かされ、吸い取られていく。典麗さと重厚さを兼ね合わせた鐘の音は、村の隅々まで等しく響き渡り、いちばん北にあるちいさな家の屋根裏部屋の、藁を寄せ集めたベッドから未だ出ていないトキのもとにも届く。

     ひとつ、ふたつ──むっつ……ななつ?

    「……しまった!」

     窓外の景色とはうらはらに、湿気の少ない掛け布団をトキは足下にくるくると巻くと、あわてて洗いざらしの木綿の服を頭からかぶった。その頭がちゃんと出るやいなや、トキはうっかりすると下がりそうになる瞼をひとこすりしてから、もつれる足取りもそのままに階段を降りていった。


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