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甥の葉太は耳栓をお守りのように持ち歩いている。ウレタン製のオレンジ色で、いつもポケットに忍ばせている。ときどき耳をふさぐと面白い、こころが落ち着くと言った。真沙子もやってみなと手渡された。まるまるとした肉厚の手のひらだ。
西日の射すベランダで、わたしはたばこを吸っていた。葉太はわたしのとなりにやってきて、にゅうっと手を突き出した。今晩わたしたちはプールに出かける約束をしていた。泳ぐときにも使えるんじゃないかなと葉太はわたしに耳栓をわけてくれた。
台東区の区民プールは夏のあいだだけ夜間営業をおこなっている。夕方六時から九時まで、屋外の五十メートルプールだ。夜ならプールに行きたいと葉太は言った。「おれあんまり泳げないし太ってるから、昼間は恥ずかしい」と。夜の区民プールに同級生たちはあまりいないらしい。姉は仕事のため、わたしが連れて行ってやることにした。八月。葉太は夏休みの真っ最中だ。わたしも失業しているので夏休みのようなものだ。
(冒頭部分)
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失業中の三十五歳。恋人と別れて住むところがなくなり、姉のマンションに転がり込んだ。甥っ子とブラブラ遊んで過ごしているが、別れた女が電子タバコの煙になってまとわりつくようになり困惑している。近所の見習い牧師のオージーとちょっと仲良くなったり、むかし奪われたかばんが見つかったり、川のそばでときが過ぎゆく。みたいなお話です。