「あーまねっ」
こちらに気づいた途端、くるりと軽快に傘を回しながら勢いよく手を振りながら、すっかり見慣れてしまった気の置けない笑顔が返される。まるで犬かなにかみたいなそんな仕草とともに、後ろで結わえた髪が尻尾のようにぶん、と揺れるさまはなんだかおかしい。
「ごめんな外で、暑かったよな」
「へーきっ」
にいっと得意げに笑いながら額に滲んだ汗を拭う姿をじいっと眺める。
「それさ、あたらしいやつ?」
さんさんと日射しの降り注ぐこの晴天には一見似つかわしくないように見える水色の傘を指し示しながら尋ねれば、得意げな笑顔とともに返されるのはこんな言葉だ。
「なんかねえ、骨が痛んじゃったぽくて。やっぱまいんちハードに使うと早いんだろね。紫外線ってきっついもんね」
水彩風の水色のグラデーションの海の中をやわらかなタッチの色とりどりの魚が泳ぐ涼しげなデザインの施された日傘はまぶしすぎる夏の日射しにも、満面の笑みでそれを掲げてみせる持ち主にも、不思議なことによく似合っている。
「ほらこれさ、中がアルミみたいな黒い布になってんじゃん。こゆのの方が紫外線も熱もカットしてくれるらしいよ、ハイテクだよねえ」
「美容部員みたいなこと言ってんな」
「おなじ使うならやっぱいいやつのほうがよくない? 値段とかそんな変わんないんだしさ」
「おまえにしては珍しく正論だな」
返事の代わりのように得意げな笑顔が返されるのを、目をこらすようにしてじいっと眺める。
傘のぶんだけ隔たれた距離をどこかしらもどかしく思いながら、強すぎる日射しにまぶたを細めるようにして、ゆっくりと歩みを進めていく。
時折、すれ違いざまの誰かの好奇を帯びた視線がちらりとこちらを盗み見ていくのにもどこ吹く風なのは、まったくもってこの男らしいとしかいいようがない。
「周も入れてあげよっか? すずしーよ」
「……いいから」
雨の日なら百歩譲ったっていいけれど、こんな晴天の日に男ふたりでそれはちょっと。
「ちぇーっ」
わざとらしくいじけたように答える横顔をちらりと覗き見ながら、しばしばそうするように、手の甲をゆるくぶつけ合う。
ふたりだけにしかわからない、ささやかなサイン。
「台風くるってほんとかなぁ、なんか野外フェスとかとぶつかってなかったっけ? 怖いよねえ」
「ある意味思い出にはなんだろうけどやってらんないよな」
「コロッケいっぱい作んないとね、あと、照る照る坊主もね。あとなんだろ、ゆで卵もいる?」
「遠足の前みたいなこと言ってんな」
すこしばかりあきれたような口ぶりで答えれば、すっかりおなじみの強気な笑顔とともに返されるのはこんな一言だ。
「似たようなもんじゃん?」
「わかんなくもないけど」
「でしょ~?」
得意げに笑いかける笑顔の眩しさに、目尻の際が心なしかぎゅっと熱くなる。
「にしてもあっついねえほんと、雨でも降ればちょっとはマシになんのかなぁ?」
「日が照んなくても湿気があるからな」
「亜熱帯気候だもんねえ」
笑いながら歩いていく。こんな他愛もない時間が、いつだって何よりもいとおしいのをちゃんと知っている。