「死なないロボットの作り方」冒頭
「須藤さん、今お時間よろしいですか?」
デスクの前で背を伸ばしたところで、そんな風に声をかけられた。そろそろお昼をと思ったところなのに、間が悪い。でもこの『病院』に、決まった休憩時間は設けられていない。仕事に没頭したがる人が多い故の裁量制だ。となると、こういうこともままある。
「はい、どうぞどうぞ」
椅子ごと振り返った私が立ち上がるより早く、見慣れた顔が近づいてくる。修理受付担当の秋山さんは、この『病院』に顔を出す常連だ。最初見た時は頼りない若者という印象だったのに、今はずいぶんと貫禄のある顔をして働いている。それもそうか。彼だってもう三十代半ば。新人であった頃のことは忘れているかもしれない。
「この子なんですけど」
エプロンをした秋山さんが腕に抱えていたのは、卵形の乳母ットだった。それをまるで赤子のように差し出され、私は慌てて両手で受け取る。このところ急な動きに身体が反応しない。気ばかり若くてもどうしようもない。昔と同じと思ってもらっては困るのだ。私も、秋山さんも。
「治りますか?」
そう尋ねた秋山さんはどこか不安そうな面持ちだった。これはなかなかのお客様からの頼みとみた。きっと大事にされていたんだろう。私は掲げた乳母ットの顔をのぞき込む。
「どーれ」
この乳母ットのことなら、私もよく覚えていた。もっちり柔らかい肌触りが話題となった、うちの社のヒット商品の一つ。ころんとした丸いフォルムも、ペールカラーで統一したデザインも、人気の一因だった。私が最後に開発した乳母ットだ。それももう、何年前の話なのか。
「まだ現役だとは、恐れ入るねぇ」
「はい。ずいぶん大切にしていたみたいです。もうそのお子さんは二十歳だとか。今は大学の愚痴を聞いてくれてるそうですよ」
そう言い添えた秋山さんは、へにゃりと目尻を下げて笑った。こういう顔は若い頃と同じだ。はじめは「乳母ットなんて」という態度を隠さない青年だったのに、今じゃあ完全に我らの仲間。乳母ットを修理して欲しいと頼み込んでくる人たちの様子を見ているうちに、きっと考えが変わったのだろう。
「大丈夫、まだまだ部品も現役ですよ」
頷いた私は乳母ットを抱きしめ、したり顔でにやりと笑ってやった。秋山さんは安堵したように息を吐く。
「さすがは須藤さん」
乳母ロボットこと乳母ロボットがこの世に誕生してから、もう半世紀にはなるだろう。当初は賛否両論だっただけでなく、不買運動を唱えるような人もいた。そんなこのロボットがいつしか受け入れられたのは、まず当の子どもに好かれたからだ。
ロボットに子守を任せるな。何かあった時はどうするつもりなのだ。そんな風に声高に叫んでいた人々も、子どもと乳母ットが遊ぶ姿を見ているうちに、何も言わなくなっていく。ころりと立場を変えたりもする。人は忘れる生き物とは言うけれど、あの変化には少し笑ってしまった。
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