吾輩は渡辺沈没である。本名は渡辺佑一である。まだ沈没はしていない。
沈没という名前がどこで生まれたかは、とんと見当がつく。何でも京都の薄暗い酒場で、四人の男がゲラゲラと笑っていたことだけは記憶している。
50歳を目前にして、私はダメな人間なのであった。毎晩どうしても飲み歩いてしまうのだ。しかも週末には競馬もやらずにはおれないのだ。
しかし私も何者かになりたい、という想いがないわけではない。いや、以前は何者かだったと思えたときもあったのだ。出版業界の片隅で働きはじめて四半世紀、私はいつから何者でなくなったのか? そもそも本当に何者かだったのか?
ところで酒場にいた四人の男は、「4B」と名乗っている。本の近くで働き、本の話をしていたある日、「渡辺も何かを書くべきだ」という話になった。ふざけたような筆名も書名も、私の50歳の誕生日を原稿締切日とすることも、そのときに決まった。
もしこれを書き終えることができなければ、私は本当に何者でもないただのダメ人間となり、その人生はどうやら沈没してしまうようであった。ゲラゲラと笑うその裏で、その実、震える思いがした。
かくして吾輩は、渡辺沈没を自分の名前と極めることにしたのである。
※注 本書は時折競馬の話題が出ますが、競馬エッセイではありません。