不眠症の青年・円録郎は、二人の知人——志葵旋一郎博士と大氣九留里——に勧められ、一週間の睡眠治療装置「スリーピングフォレスト」に入る。装置の蓋が閉まる直前、彼は天井に描かれた偽物の青空を見上げ、思わず手を伸ばす。
次に目覚めた時、173年が経過していた。
時は2198年。彼の知る人間は、この世にひとりもいない。
世界では「碧化」という病が静かに広がっていた。孤独によって体が固まる病。多くの患者は外見の異変なく、脳機能障害や麻痺として現れる。だが、ある特定の血を引く者だけは、体が青い鉱石へと変わってしまう——。
円は、自分が眠り続けた173年の意味を辿りはじめる。その先で出会うのは、博士と大氣が遺した記憶と、好奇心の塊のような少女・志葵めぐる、そしてアンドロイドのCC8号機(はっちゃん)たちだった。
宇宙の始まりから続く孤独の連鎖と、世代を超えて手渡される「何か」。一冊の物語のなかに、188億年の時間が静かに息づいています。
『碧落』は、叙事詩「てんげん」という大きな器のなかにある、ひとつの物語です。
「てんげん」は、宇宙が始まる前の別の宇宙から現宇宙のその先までを貫く188億年の物語として構想されています。その大きな器のなかに、小説・音楽・絵画・漫画といった、いくつもの小さな器が収められています。本作『碧落』も、そのひとつ。
小さな器は、それぞれ単独で水を湛えています。何も知らなくても、『碧落』はこの一冊で完結した物語として読めます。けれど、いくつかの器を覗いていくうちに、それらが同じ大きな器のなかにあること、同じ水を分け合っていることに、ふと気づくはずです。
どの器から覗いても構いません。器に序列はありません。これは、別々のものが目に見えないところで繋がっているという、「てんげん」そのもののテーマでもあります。
直接の手渡しではなく、迂回した形で届くもの。誰宛とも分からないまま差し出されたものが、何十年後かに知らない誰かを照らす——そんな「継承」の在り方を、物語の構造そのもので描き出します。
蓋代島の禁足地、碧魂神社、天譴蔵、スリーピングフォレスト、CC(コード・クーリエ)シリーズのアンドロイドたち。神話的な語りと科学的な記述が同居する独特の世界観が広がります。
感情を直接書かず、温度や重さや動作の質によって読者に伝える文体を徹底。フランス映画『潜水服は蝶の夢を見る』を参照源とする抑制された筆致で、説明ではなく感触で物語を進めていきます。
中盤の「博士と大氣さん」章では、研究に没頭するあまり常識を逸脱していく博士と、それに振り回される大氣のやりとりが繰り広げられます。声を出して笑える場面の積み重ねが、終盤の感情的な重みを支える構造になっています。
『碧落』は、私のライフワーク叙事詩「てんげん」のなかにある、ひとつの物語です。
幼い頃から、まったくの他人同士が、物や思想、遺志を通じて繋がる瞬間に深く感動する子どもでした。「継承」というこの作品の主題は、その感覚に根ざしています。父の死をきっかけに、それを物語の形にすることを決意し、今この作品があります。
「てんげん」は完成までに数十年を要する見込みです。だからこそ、大きな器の全体を一度に差し出すのではなく、そのなかにある小さな器を、ひとつずつお渡ししていきたいと考えています。完成された全体を待つのではなく、断片を受け取りながら世界を一緒に組み立てていく——そんな読み方を歓迎します。
すでに繋がっている人にも、これから繋がる人にも、いつか届くことを願って書きました。
瀬名桑想
本作『碧落』は、既刊『青天の地下室』に大幅な加筆を施した増補・決定版です。物語の骨格は共通していますが、加筆部分を含めて新たな読書体験としてお楽しみいただけます。これから初めて読まれる方は、本作『碧落』をお選びください。
◆ アルバム『STRING THEORY』(瀬名桑想名義) てんげんの世界を音で描く15曲。Apple Music、Spotify他で配信予定。
◆ NFTアートシリーズ「CryptCyan」「奴の名は轆轤廻し」「ScribbleGirls」 てんげんの世界に棲む存在たちを視覚化したアート作品群。HEXAにて展開中。
◆ 漫画『根守町はこうしてできている』(連載予定) 紅巻展観(大氣九留里の兄)を主人公とした、てんげん世界のコメディ作品。
「読み終えて本を閉じた時、しばらく動けなかった。良い小説に出会った後の、登場人物が頭の中で生き続ける感覚——あれが久しぶりに来た。」
「『碧化』という見えない病と、世代を超えて照らし続ける手作りの青空。この二つのモチーフだけで、現代における孤独と継承の在り方を、これほど深く描いた作品を私は他に知らない。」
「読みやすい小説ではない。でも、最初の難所を越えた先で、すべての糸が一気に編まれていく瞬間がある。そこまで耐えられた者にだけ届く宝物のような一冊。」
ぜひ、お手に取っていただけたら嬉しいです。