友人と言うにはちょっと因縁があるので名前は『アイツ』。
ヒナタは大学構内で見つけた旧サークル棟に、落とした『アイツ』のキーホルダーがあることに気付いた。なぜか室内にあるそれを同学科のカナデと取りにいくと、二人は窓から侵入してきた青年と出会う。
彼らは旧サークル棟を居場所にして、絵を描いたり、歌ったり、各々好きなことをしながら少しずつ仲良くなっていく。
そうして夏が来た。
・現実より少しだけ空想寄りの世界で生きたい人に
・なんでもない時間を楽しみたい人に
・友情が中心の物語を読みたい人に
・ハラハラドキドキより、のんびりと物語を楽しみたい人に
今日は昨日より暖かく、明日は今日より寒い予報だ。毎年四月は正月とはまた違った新しい気持ちになる。
『入学式にはいい気候じゃあないか? スーツは脱ぎ着しにくいし、これくらいがちょうどいい』
「アイツ」にそう言われて僕はパイプ椅子の上で身じろぎした。特別動きにくいというわけでもないが、試着室以来の着心地にはまだ慣れていない。椅子の、パイプ部分が布の向こうから冷たさを訴えてくる。
人々が集まって、体温で緩んできた朝の空気で呼吸する。
大学の講堂は、限りなく体育館に似ていて違っていた。今は緑色のシートに隠れて隙間からしか見えないが、床はワックスがけされた板張り。目の前のステージには校章の刺繍が施された布で飾られた演台がある。けれどもバスケットゴールはないし、体育や部活で使うような道具をしまうような倉庫も見当たらなかった。しいて言えばステージ横だろうか。
しかし、そんな観察よりも、あまり使われていないのだろうと思わせる気配が講堂にはあった。ここで運動する気にはなれないな、と息を吐きながら僕は思う。
妙に高い、ずっしりとしたコンクリートの三角屋根を眺めていると、ピントが合ったようにざわめきが気になった。
人がたくさんいる、と当たり前のことを認識する。僕は僕の存在を場違いに思った。
『スーツおかしくないかな』
僕は心の中でアイツに語りかける。彼も今はスーツ姿だ。椅子は用意されていないので、講堂を歩く人々の邪魔にならないよう僕の傍らに立っていた。アイツが入学するわけではないのでこの待遇はおかしなことではない。そもそも存在すらしていないのだ。幽霊でもない、人工的な空想の人物。こういった存在を空想の友人と呼ぶこともあるらしい。確かに気安い仲だが、友人のつもりはない。
『まあ大丈夫だろ』
今の彼はとてもお気楽な性格をしている。僕の顔も見ずに大丈夫だなんて。
『なんか信用できないんだよな』
『試着した時、いいじゃんって思ってたのはヒナタだろう』
『そうだけど、周りもこんなに同じだと逆に浮いてそうで』
『つまり没個性。安心しな』