このブースにお立ち寄りいただき、ありがとうございます。今日は長くこねくりまわしてようやく本になれた小説をお持ちしました。そのなりたちや予備知識などあるとわかりやすいかなと思い、ここに添え文を作りました。よろしければご一読ください。
☆無言館とは、
1997年に開館した長野県上田市にある美術館です。館主の窪島誠一郎が画家の野見山暁治とともに全国を回って、戦没画学生の遺族を訪問して収集した遺作が展示されています。(Wikipedia)
☆私が「無言館」を知ったのは、
2020(令和2)年、神戸ゆかりの美術館で行われた特別展「無言館 残された絵画からのメッセージ」(神戸新聞社などが主催)でのことでした。そう、この小説を書き始めたのは5年前。もたもた書いているうちに「無言館」はどんどんメディアに出るようになりました。テレビドラマや舞台で取り上げられたり。そのたびに私の方が早いのに(?)と焦燥感に駆られながらもチマチマモタモタと書き続け、ようやく本にすることができたのです。
☆「絵を描く人の小説を書きたい」
無言館に並ぶ作品に私はとても興味を持ちました。絵を描く人なのに戦争に行かなくてはならなくなった。前途洋々の若い画学生たちがどんな思いでその絵を描いたか。それぞれの絵に引き込まれました。
そして絵を描く人の小説を書きたい。そう思って無言館に着想を得てストーリーを練りました。しかしながら無言館に所蔵される絵の作者を描くとなると、もちろんそれは戦争を描くということ。これは私には非常にハードルが高い。なんせこれまで書いてきた小説は自分勝手に書いてきたよくわからないようなものばかり。考えた末、現代にもう1人登場人物を作るのはどうだろうと、できたのがこの作品。成功しているとは思えませんがなんとか書き切りました。
☆勉強と取材
いつか三浦しをんさんみたいな小説を書いてみたい、と無謀にも思っていた私。曲がりなりにも勉強と取材をしてディティールを確認する日々。楽しかったのは昭和初期の様子を本で読んだり取材しながら書くことでした。一番面白かったのは当時の『蛍雪時代』。なんとか入手した当時の冊子は黄ばみ古ぼけていて、よくも戦禍を残っていたなと思わせるものでした。破らないよう恐々ページをめくらなくてはならないほど。当時の大学関係者の考えや先行き不穏な中でも受験生たちの熱さなど。戦争が受験の世界に入ってくる当時の様子がわかります。面白いと思うと同時にこれはとても怖いことだなとしみじみ思いました。
こういうことがまたこの日本で起こりませんように。最後はちょっとくどいかもしれませんがそんな思いを持った結びです。
長くて冗長なところもあるかもしれませんが読んでいただけると至福でございます。<(_ _)>