「メジャー」 阪井智一
人は風に吹かれて流されるままに生きる時間と、それに立ち向かってでも自分の思う方へと進む時間の割合では、どちらが人生において多いのだろう――会社勤めにも長年の暮らしにも飽きてはいないが、何かが物足りない。紘平が参加したのは、伊豆の棚田の農業体験だった。出会った人々と触れ合いながら、苗を植える。ひたすら体を動かす中で、見えてきたものとは?
「A Monkey on the Moon」 四科恵麻
季節が狂ったようにめぐる。いつからだ。この会社に入ってからだ。僕はさらに、入社してから一度も月を見ていないことに気が付いた――見慣れた日常のようでいて、何かがずれてしまった世界。ひらひらと揺れる上司のベージュ色のスカートに惑わされ、僕はいったいどこへ向かうのか。繊細かつ鮮烈なイメージに彩られた幻想作品。
<第24回三田文学新人賞・最終候補作品>
「川施餓鬼」 早高叶
「これ、返すね」希紗が微
笑みながら差し出してくるのは、古い櫛――親同士の再婚で「同い年の姉妹」となった南美と希紗。十二歳の誕生日に川で死んだ希紗は、八年経った今でも、悪夢の中に現れる。希紗、どうしていつまでも私を悩ませるの。「落ちている櫛を拾って使うと呪われる」……そんな言い伝えを利用して、あなたを呪ったせいなの?
「かけらかけら」 うえのそら初
学生時代の初デートと納豆の思い出、同級生たちに「虫」と呼ばれていた頃の自分、自由帳に出現する謎の文字……一度読んだらクセになる、奇妙な味わいの掌編5編。
「赤に滲む」 佐伯一果
十七歳のままのわたしは、二十二歳の私の中にいる。砂漠に佇み、砂漠になった空を見上げている――高校時代に慕っていた先生との苦い思い出が、私に大学進学も将来の夢も諦めさせた。どこかにいたはずのもう一人の自分を思いながら、小さな工場で働き、先生に似た男と付き合う。だけど本当に好きなあの人は、私のお姉ちゃんと……精神の歯車がさらに狂い出し、行き着く果ては。
「一歩の在り処」 宮城芳典
「直人さんが亡くなったんやって」――幼い頃、キャッチボールをしてくれた従兄の死を知らされ、圭太の心にきしみが走った。非正規の副店長として働くファミレスでは、無能な店長やハードな業務、手に染みついた悪臭がいくら洗っても取れない感覚に苦しめられる。逃げるように直人の墓参に出向いたが、そこには一心不乱に駐車場の一角を箒で掃く男がいた……。現代の不条理を切り取り、その中でもがく若者の姿を描く。