創作BL │ A5コピー │16頁 │ 無料配布 │ 17/09/18
これさ、俺から言ってもいいのかわかんないんだけど。
いかにも『らしい』遠慮がちな前置きと共に、隣り合うように腰を下ろしたカウンター席の片側から春馬が告げてくれたのは、こんな一言だ。
「前に話した時さ、周くん言ってたよ。『俺の家族は忍だけでいい』って」
「……そっか」
力なく漏らした言葉を前に、ぎこちなく揺らされたまなざしがすうっとこちらを通り過ぎるのを肌で感じる。
――ちゃんと言ってくれればいいのに、そんな大事なこと。
それでも、あえて口にしないでいてくれるのが周なのを知っていた。負担になるだろうからとか、なんとか言って。もう何年もずっといっしょにいるのに、時折ひどく気まずそうに口を噤んでは後悔したかのようなそぶりを見せる遠慮がちなあの態度はいつまで経っても変わらない。
「……らしいよね、なんか。すごい想像つく」
苦笑い混じりに答えれば、ほんの少しばかりの戸惑いを隠せない表情が、淡い暖色の明かりの下でぼんやりと滲む。
「でもなんか安心した。ちょううれしい」
生ハムとプチトマトにオリーブの実を乗せたカナッペへと手をのばしながら、忍は続ける。
「春馬くんになら話していいやって思えたってことだよね、そんなのうれしいに決まってんじゃん。すごいほっとする」
一匙ばかりの嫉妬心が湧かないかと問われれば、答えはもちろんノーではないけれど。それでも。
「ありがと、なんか」
遠慮がちに答えながら、ワイシャツの襟首から覗く喉がごくり、とかすかに動くさまをぼうっと眺める。
「俺のせりふでしょ、それ」
ぎこちなく笑いかけるようにしながら答えれば、まくりあげたワイシャツのカフスのあたりを、そわそわとどこか落ち着かない様子で指先でさすりながら告げられるのはこんな一言だ。
「なんて言えばいいんだろ―言ったあと、ちょっと自分でも戸惑ってるみたいな顔してて。きっとさ、自分でも口にする気なかったんだろなって。自分でもちょっと驚いたみたいな感じで、すぐ謝られたんだけど」
ますます『らしい』としか言えない態度がありありとまぶたの裏に浮かぶようで、思わず感嘆のため息がちいさく漏れる。
「……困っちゃうよね、ほんと」
カウンター席の窓越し、どこか乱雑なカリグラフィーでガラスへと描かれたメニュー越しに行き交ういくつもの影をぼんやりと見過ごしながら、吐き捨てるようにぽそりと優しく忍は答える。
「もう何年もずっと一緒にいんのにさ。ほんと、いまさらばかみたいにかわいくて」
ガラス越しにちらりとのぞき込んだ二対のまなざしは、おだやかさだけを溶かしこんだ、飾り気なんてひとかけらも感じさせない温もりに満ちあふれている。
「きょう大丈夫なんだっけ? つぐみちゃん」
グラスのふちに飾られた串切りのライムの皮をなぞりながらひとたび『パートナー』の名を出せば、どこかこわばっていたかのように見えた顔つきは途端にゆるむ。
「……実家帰ってて。ゆっくりしてきてねって」
「九ヶ月だっけ」
「うん」
こうして隣にいてくれる彼が、新しい命を授かったパートナーを気遣うように、以前よりもずっと自分のための時間をセーブした日々を過ごしていることをちゃんと知っている。それなのに、こんな風に特別に時間を作ってくれたことの意味あいだって。
「一時期ちょっとどうかなって感じだったけど、もうだいぶ落ち着いて。なんかね、最近ちょこちょこ夢にも出てくるんだって。なんかぼやっとした感じで顔とかはちゃんと見えないらしいんだけど、俺とつぐみちゃんのことかわりばんこにじいっと見て、すごい笑ってくれるんだって」
まぶしげに瞳を細めてみせる姿には、いままで知り得なかった新しい顔がちらりと垣間見える。
もうすぐ会える――新しい命に。
「お父さんなんだね、もう」
「……ほんとになれんのかなって思うけど」
弱気な口ぶりで告げられる言葉へと、かぶせるように答えを返す。
「生まれたら抱っこさせてよ、いいよね?」
「そりゃまあ」
はにかんだような笑顔を前に、ゆるやかにまぶたを細めることで答えてみせる。
「俺がお父さん二号ですよーって教えていい? ほら、小鳥の雛の刷り込み的に」
「それはちょっと」
力なく答えながら、少し緩めたネクタイの裾に手をやるすっかり見慣れた仕草を前に、そっとぬるい息を吐き出す