創作短篇の第三集は表題作のみ (12p) 。相変わらずの満州ものです。
「満鉄技術科午前九時」
女学校を出て亡父に言われるがままに満鉄に就職した女性事務員と監査で偶然出会ってその後同じ部署で仕事をすることになった男性職員との微妙な心の揺らぎ。
(書き出し)
高等女学校を卒業して、今は亡き父に薦められたまま満鉄に入社し、監察室で事務員として右も左も分からないままに仕事をしていた。
それはある夏の日だった。大連石炭埠頭の予算超過について、担当者を呼んでの監査を行うときに大量の書類を抱えて説明に来た男性がいた。監察室長はこれらの書類を一瞥して
「こんなもので話にならん」
とにべもなく書類の山を突き返されてしまうのを見て、色々周りから言われながら書類を作ってあんな叱責をされたらたまらないだろうなとは感じたけれど、それをこの場で言うわけにはいかなかった。それにしても、あれだけの仕打ちを受けながらも、何も言わず帰っていく顔が妙に印象に残った。ふつうこんな状況なら気が重くなるはずなのに、それを感じさせない振る舞いが妙に印象に残った。