多田隊ZINE ー源氏郷士集団・多田隊と隊士 吉良瀧太郎を探してー
- 1F 第二展示場 | I-23〜24 (評論・研究|美術)
- ただたいじん げんじごうししゅうだん・ただたいとたいし きらたきたろうをさがして
- 樋口真規
- 書籍|A5
- 42ページ
- 多田隊ZINE ― 源氏郷士集団・多田隊と隊士 吉良瀧太郎を探して ―
幕末マニアでさえ、ほとんど知らない。 「錦の御旗」には〈源氏〉の親衛隊がいた。
今からおよそ160年前。 武士の世が終焉を迎えた幕末・戊辰戦争の動乱期。
源氏の末裔を称し、源氏の祖廟・多田院を代々護ってきた 半士半農の郷士たち―― 摂津国多田荘の「多田院御家人(多田郷士)」は、 源氏の誇りを胸に、鍬を刀に持ち直し、 「多田隊(ただたい)」を結成しました。
多田隊は新政府の呼びかけに応じ、 新政府軍の一員として「禁裏御守衛士」となり、 京都御所の警護や江戸城攻撃に従軍。 さらに北越戦争では、天皇から賜った「錦の御旗」を掲げる 仁和寺宮嘉彰親王直属の親衛隊である「旗本隊」を組織します。
一介の郷士でありながら、京都御所において出陣の儀に臨み、 官軍にとって最も重要な象徴である 「親王」と「錦の御旗」の両脇を固め、 命を賭して護り抜くという破格の大役。 しかし、その存在は歴史の陰に深く埋もれ、 いまなお、ほとんど知られていません。
本ZINEは、多田隊の隊士・吉良瀧太郎の孫、 そしてさらにその孫である私が、 家に語り継がれてきた記憶と、残された史料を手がかりに、 謎に包まれた多田隊の実像に迫った記録です。
忘れられた郷士たちの誇りを、今ここに、ひも解きます。
