なぜ詩を書くのか、詩は書かれるのか。
新しい詩集を読み通しながら、あらためて根源的な問いが浮かぶ。
渡辺と私は年齢に二〇年ほどの差はあるが、同じ福島の空と街で暮らした、言わば同郷の詩人である。お互いに車で一〇分ほども離れていない場所であり、生まれ育った環境の近しい二人は、ほぼ同一の環境と風景のなかで詩を書き始めたと言って良い。あらためて作品の束として一気に読ませられると、問いかけはそのまま渡辺にも私にも跳ね返ってくる。
(中略)
肌感覚の生々しさが感じられるのはなぜなのだろうか。なるほど、山々に囲まれたこれらの世界はイマージュを発する心の内なる混沌そのものなのだ。それはいつも彼の詩を書く精神の真ん中にあり、今もなお噴煙をあげている。そこを彼は筆を握りながら、行ったり来たりしている。
(中略)
渡辺は「そのものへと、成って」いくことを、言葉で彫刻するかのように、独特の大胆さと繊細さで、彫刻の刀ならぬ筆を鋭く振るっている。
著者 渡辺八畳
装丁・組版 渡辺八畳
装画 豊井祐太
解説(栞) 和合亮一
発行所 七月堂
A5 帯付
120ページ
2000円+税
発行 2025年10月3日
ISBN 978-4-87944-616-9