人魚のピートは姉の婚約者フェルナンドに体を奪われ、憤る。そのせいで淫らな呪いにかかってしまうが、呪いを解こうと懸命になるフェルナンドを見て、心が揺らぎ始める。思いを通じ合わせた後、姉の輿入れが決まり、そのせいでピートはちいさな少年の姿に戻ってしまう。
彼らが愛を語り合える日は来るのか。
中世洋風ファンタジー、人魚BL。
【試し読み】
「沢山本がある!」
ピートはフェルナンド王子の部屋へ招かれた。人間の書いた本が、部屋の二面を埋めているのを見ると、落ち込んだ気分がぱっと明るくなった。
レイシアにヒトの書いた書物が入って来たのは、ここ百年あまりだ。遭難した人間を人魚がアルディバルドに送り届けて以来、貿易が行われるようになった。人魚のものよりも簡易で分かりやすい文字は、すぐにレイシアの標準になった。だが人魚の本の数はさほど多くなく、ピートは知識欲を持て余していた。
珍しい装丁の書物を見付け、読みはじめたピートにフェルナンドの声がかかる。
「好きな本を持って帰っていいよ。さっきの詫びだ」
「ありがとうございます」
「礼はいらない。私たちは兄弟になるのだからね」
──兄弟。
ピートは、本とフェルナンドを見比べる。
「父が人魚に憧れていてね。ここにも何冊か人魚を研究した本がある。本物の人魚であるきみから見たら、また違った意見が聞けそうだね」
ピートは近くにあった文献を手に取り、頁を捲った。しばらく読み進め、人魚の研究はほぼ憶測を出ていないことに気付く。
「ええ。例えば、ここに人魚の男の種について書かれていますが、事実ではありません。
人魚の種はピンク色です」
本棚に本を戻して返事をする。その時、フェルナンドの眉がピクリと上がった。
「へえ……。興味深いな……」
フェルナンドが腕を組み、ピートを珍しそうにみつめる。
次の瞬間、ピートは体に違和感を感じた。フェルナンドが近付いたので後ずさろうとしたが、体がしびれて動かなかったのだ。
「っ体がっ……フェルナンド王子……っ!?」
フェルナンドは身動きのとれなくなったピートを眺め、ひとり言のようにつぶやいた。
「しびれ薬が効いてきたかな……」
「あ、あ……っ」
フェルナンドが自分を陥れた。
ピートが現実を受け入れられないでいる一瞬の隙に、フェルナンドが目の前に来た。フェルナンドの方が背が高いため、ピートの顔に影がかかり視界が暗くなる。
「人魚の種を、この目で見てみたい。はじめは真珠の涙を流してもらおうと思っていたけど、気が変わった。……これは学術的興味だ。ご協力願いたい、ピート王子」
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