不思議な夜
「それ、やっぱり一口もらえます?」
「自分でも開けりゃいいじゃん」
「一缶はいらないんですよ」
答えながら、机の上の缶に手を伸ばしそっと口をつける。やっぱり少し薄い。倹約のために銘柄を変えたが、やっぱり今度からはいつものあのスーパーのプライベート・ブランドでもいいから、もう少し高いちゃんとしたビールを買おう。そんな考えを巡らせながら缶を置けば、まるでこちらの心境を見透かしたかのようににやにや笑いを浮かべる男の姿が、肩越しに見える。
「残り、呑んでいい?」
「どうぞ」
「ん、サンキュ」
奪うように缶を受け取ると、男は少しぬるくなって泡の抜けた発泡酒をそれでも満足げに一気に飲み干す。傍らに感じる微かに触れた肩や腕の感触や、少し火照った身体から伝わる体温が心地よい。
言い訳ならいくらでも見つかるのに、それでもあらがえない自分に少し苛立ち、同時に少し、寛容になるべきかとも迷う。全て諦めて、突き放してしまえばいいのに。そうしたってきっと、この男はありのまま受け入れるはずなのに。この温もりを選んだ責任は、すべて自らにあるのだ。
「もう一本空けていい?」
こちらの思惑に気づいているのかいないのか、涼しい顔をして男は尋ねる。
「いいですけど、今のと合わせて千ギル頂きます」
「なんか高くね?」
「サービス料です。食事とお風呂まで付いてるんだから破格だと思いません?」
「じゃあそれってさ、金額足せばオプションサービスもありってこと?」
「いかがわしいお店と一緒にしないでください」
イリーナの言葉を耳にした途端、ククク、と喉を鳴らしながら心底おかしそうに笑う。
気づけばつけっぱなしのテレビの中で繰り広げられていた見目麗しい男女が恋だの愛だのを囁きあうトレンディドラマはとうに終わって、タレントたちがずらりと並んで与太話を繰り広げるトークバラエティへと番組は移り変わっている。その中でもてはやされているアイドル女優の容姿がふと、以前コルネオの店で見たまだ年端も行かない美しい少女にどこか似ていることに気づく。それでも、それがただの他人の空似であればいいとイリーナは願う。
こちらのブースもいかがですか? (β)
ヨモツヘグイニナ 北陸児童文学協会 mille-feuille 鏡の会 文フリ金沢スタッフ有志の会 おがわさとし雑貨店+夜間飛行惑星 うたらば 雲上回廊 午前三時の音楽 北陸アンソロジー+7's Library