ゴーストドラムをベースにした蝦夷の不吉な神子が神様などに溺愛されながら奈良の都で鹿踊りベースの舞楽を披露します!!
スピリチュアル系ワールド音楽歴史ジャンル…なんだと思います。
時代考証はきっちりしました。蝦夷がこの年に最後の節会参加をしたというのは本当に起きたことです。
2025年1月の浅野文月さんのアンソロジーNo Book No Life2に掲載いただいた天人五衰からスタートしている天女ものの一つとして「隋と愛」に掲載いただいた煬帝舞曲の対になる作品です。割と身近な女性がモデルとして(掲載することお伝え済み)で人の判断を超えた天女や仙女としての使命を果たしています。(ということにしました!)
試し読み(noteも参照)
一
宝亀三年(西暦七七二年)、正月の奈良の都についたリヤウは、一族のものたちと羅生門を潜り、朱雀すざく大路おおじに出た。彼女は北の女特有の白い肌に帯締めの飾り立てた装束を纏まとい、背の低い葦毛あしげの馬に乗っていた。
生ぬるい風を正面から受けたリヤウは眉を顰ひそめる。
北の地では誰も風を正面から受けない。風は人と獣の境をあいまいにし、あるいは呪いを受けてしまう。
「われらを見ても何食わぬ顔をしている」
隣に並ぶウォセは鼻を鳴らした。熊のような大男だ。乗っている黒馬も際立って大きいがその歩みは重い。大きな荷物を積んでいる。
「北方で諍いがあることなど知らぬのだ。都では何にあたろうが早々死ぬこともない」
リヤウはウォセの言葉に答えずに朱雀大路にたむろう人々をねめつけた。
大路に人だかりができていた。
晴れやかな装束に身を包み、冬にもかかわらず頭に花をつけた人々が遠巻きにこちらをみている。好奇心、値踏み、そして恐れを抱いた目の中に鋭い目線を感じる。
「誰か見ている」
リヤウの言葉にウォセは目だけであたりを見回す。ウォセにも視線の主は分からないようだ。ただ、遠くで犬が鳴いている。
ウォセは口をすぼめた。
次の瞬間狼の遠吠えがウォセの口から溢れる。
まるで本物だ。これがウォセの名の由来であり、ウォーと鳴くもの、つまり狼という意味だ。
犬の声は一瞬やむ。
しばらくしてから泣く声があがった。人とも犬ともつかぬ声だ。
「あの声は人だな。こちらの様子を伝えているのだろう」
リヤウの言葉にウォセは歯を見せて息を鳴らした。
「犬の真似事をする神事があると聞いている。確か、南の海に住む「隼人はやと」の一族だったはずだ。節会に呼ばれたのだろう。」
リヤウが周囲を見回すとウォセが首を振った。
「見るな。また呪うつもりだと思われる」
リヤウは俯く。
「夫つま殺しのリヤウ」。
そう囁かれて知らぬふりをするのは慣れている。
リヤウは神に仕える身。数えで二十歳となる。歌と舞と夢を読むことを学んだ。そんなリヤウたちの一族を都人は蝦夷えみしと呼ぶ。東の蛮族という意味だ。
神子みこは人の世にかかわるなと教えられている。特にリヤウのようなものは。
しかし、今彼女がこの都に訪れたのはなぜか。
北の部族の舞楽を奉納せよ、と長たちに命じられたのだ。
一行を率いるのはオマプという男だ。コレハリの長であり、部族の南方の一族を束ねる有力者である。
リヤウはオマプが気に入らない。
オマプは、朱雀大路を指さし、その先の巨大な門を誇らしげに見上げていた。
オマプは都との交易で富を得ている。袍も袴も都人そのままだ。
ウォセはどこかで仕入れたと見える噂をリヤウに囁いた。
「あいつは顔に痣があるらしい。それを白粉で隠しているのだ。男が痣を隠す必要があるか?」
ウォセはわからぬと首を振る。リヤウも同じだった。
リヤウたち一行は南北に伸びる一番幅の広い通りである朱雀大路を抜け「条」と呼ばれる東西に延びる道を進む。内裏の間近の一区画である「房」に向かって案内されるまま古びた屋敷についた。
見た目は立派だが、土壁にところどころ亀裂が入り、雑草が屋根の板の隙間から生えている。
「タチバナ様の館だ」
案内をしたオマプはリヤウとウォセに言った。
「いつも部族のものをもてなしてくれる一族だ。屋敷は古いが厩うまやも広く飯も美味い。余計な真似はするなよ」
リヤウに向けての注意にウォセが鼻を鳴らす。
「まるで北の部族の長気取りだな」
ウォセが小声で言うのをリヤウは知らぬ顔をした。
オマプが二人に向けて胡散臭そうに視線を送りながら部族の若者を連れて他の屋敷に向かう。
リヤウは馬から降りて門前に立つが屋敷に人の気配は薄い。通りのものも誰も近づいてはこない。門から呼びかけてやっと家人が数人現れた。
その後ろから白袴に位の無いことを示す黄色い袍をまとった少年が現れる。
リヤウは馬から降りた。少年はリヤウより背が高く顔立ちは柔和だ。見上げるリヤウをそっと見返した。
「ようこそ。巫女殿。私は橘たちばなの清人きよひとと言います。北の方は、胡族こぞくの方とも通じる華麗な衣装でいらっしゃる」
清人は、リヤウの刺繍の施された二部式の袴に帯を締めた上着をほれぼれと眺める。彼の目線はリヤウの馬に最後に止まる。
リヤウも名乗った。
「私はリヤウ。北の神子だ。この男はウォセ」
「この神子のお守りだ」
リヤウの挨拶にウォセが威嚇するように言うと清人は泰然と笑った。なぜか笑うと大人びて見える。
その笑顔を見た時リヤウの中で北の山を駆け抜ける風の音が響いた。それが、幸いか災いか。忘れえぬ出会いであることは確かだった。
日差しは傾き土塀の影が伸びていた。
節会は風が冷え込む夕ゆうから始まるという。
リヤウとウォセは駅舎うまやの傍らに申し訳程度にある掘立小屋に案内された。
壁は薄く、屋根は低い。人を泊めるというより、物を置く場所だ。使用人は肩をすくめて去っていく。
「旅支度の甲斐かいはあったな」
馬にくくり付けた大きな荷物を下ろしながらウォセが言った。しかし目は笑っていない。
「我らのことを人というより獣だと思っているのだろう」
リヤウは苦々しい気持ちを振り捨てるように言った。笑わないとやっていられない。
旅には慣れている。野宿にも。しかし、北の地ではリヤウのような神子みこ、都の言葉で言えば「巫女みこ」は部族の影を支えるものである。
敵対している部族の神子であっても粗末に扱われることはない。
だが都では違う。
神子は節会せちえへ出ることはできても、どこか忌まわしい「穢れ」に過ぎないのだ
そう思ったときリヤウは気分が悪くなった。
眩暈を覚える。
耳鳴りの音。
大地が柔らかくなる。そして山が崩れる、と言う声。堅固に見えた木の根ごと地面が流れて谷を降りる。
――八や岐またの大蛇おろち。
叫ぶ声が聞こえる。
声は近く、遠い。懐かしい声だ。