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みちのくの君4 前九年合戦〜安倍貞任〜

  • みちのくのきみ4 ぜんくねんかっせん あべのさだとう
  • ひなた まり
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 180ページ
  • 600円
  • 2018/1/21(日)発行
  • 「みちのくの大河が、二人を隔てている」

    平安時代後期・陸奥国。
    安倍一族にひとつの裏切りが生まれるとき、陸奥でふたたび凄惨な戦が繰り広げられる。
    黄海の地で、安倍貞任と源義家、二人が見たものは――。

    愛と憎しみの歴史ファンタジー小説・第4巻!

    完結5巻は、第三回文学フリマ岩手で発行予定です。



    【本文サンプル】


    1 若菜


     年が明け、衣川に天喜五年の春が訪れた。
     京の都では、毎年正月初子の日、野に出て若菜を摘み、長寿を願う慣わしがあるという。
     唐の国では古くから、正月七日に七種の菜の羹を食べて邪気を払うしきたりや、正月子(ね)の日に高みに登って眺望し陰陽の気を得る行事がある。都の若菜摘みは、唐の行事と大和(やまと)の古い野遊びの習俗とが合わさって出来たものらしい。
     摘んだ若菜は煮浸しや羹にして、ひとびとに振る舞われる。若菜の煮浸しは、新年の宴続きで疲れた胃の腑を癒やす効能があるのだ。
     陸奥国奥六郡の長・安倍頼時はそれに倣い、衣の関の向こう・磐井に広がる野で、若菜摘みの遊びを催した。
     春の訪れの遅い陸奥だが、うっすらと残る雪の下では、わずかに若芽が顔をのぞかせている。
     厚い雲の隙間から差し込む日の光が雪に照り返し、キラキラと輝いている。野にうずたかく積まれた薪が、寒気を飛ばさんばかりに燃え上がる。
     やがて陽が高くなり雲が晴れ、明るい日差しが束稲山に降り注いだ。日差しはあっというまに、磐井の野のすみずみに広がっていく。
     澄んだ青空の下、安倍一族の主だった人々が笑みを浮かべ、若菜摘みを楽しんでいる。
     男たちは美しい狩衣に身を包み、女たちは領巾を振っている。千世や梅王、竹王ら安倍の子どもたちは、野を駆け回り雪玉を投げあって、歓声をあげていた。昨秋にこの地で戦が起こったというのが、まるで夢のような和やかな光景だ。
    (ああ、手がかじかんで冷たいし、おまけに眠い。このクソ寒いのに、朝っぱらから若菜摘みかよ。親父も面倒なことをしてくれる。だいたい、こういうことは暖かい南の都でやるのが当たり前で、北でやるもんじゃないだろ。薪を焚いてまでやるなんてアホらしい。いくら暦の上では春っていっても、まだ春じゃねぇもん、陸奥は)
     貞任はブツブツ言いながら、雪の下に隠れている白根草の根を引っこ抜いた。白根草には体をあたためる効能があり、風邪による冷えを取り除くといわれている。
     袖が雪で濡れ、貞任はブルリと肌を震わせた。今年一年の無病を願うどころか、体が冷えて風邪をひいたらどうするんだ。もし風邪をひいたら、自分の摘んだ白根草を食べろというのかと、貞任は頬を膨らませた。
    「君がため 春の野に出でて 若菜摘む 我が衣手に 雪は降りつつ……ってか。よくこんな遊びを思いつくよな、上つ人ってのはよ。俺には若菜をやるような〝君〟なんぞいねぇよ、ケッ」
     貞任は毒づくと、白根草の泥を払った。
     恋だの愛だの、俺はどうでもいい。恋はひとの命を奪う、恐ろしい感情だ。母さんも卯衣姫も、恋に狂って死んでしまった。いや、他ならぬ俺自身、梓への恋と宗任への嫉妬に苦しみ、衣川を逃げ出した過去がある。そう思うと、自分がこわい。恋などせぬよう、心の緒を引き締めねばならない。
    「仁和の帝が、皇子の頃に詠まれた御歌か。帝の御歌も春らしく柔らかで良いが、お前が詠んだ歌を聞きたいものだ」
     穏やかな男の声に振り返ると、経清が籠いっぱいに若菜を摘んで微笑んでいた。
    「経清」
    「遥か遠くからでも、お前の居所がすぐにわかる。その胸に光る翡翠の勾玉でな」
    「そうか」
     貞任は白い歯を見せて笑うと、経清の籠に白根草を放り投げた。
    「なあ、経清。都ではこんな面倒くさい遊びを、毎年やってんのか?」
     籠の若菜をつまみながら、貞任は経清に問うた。
    「ああ。夜には盛大な宴が催される。義父上も今宵、奥六郡の邑長たちを集めて、宴を開くとおっしゃっていたな。この若菜は宴の肴だ」
    「また宴かよ」
     貞任は呆れ顔で、大げさに両手を振ってみせた。
    「秋の戦が終わってからというもの、何かあるたびに宴、宴じゃねぇか。贅を尽くした料理を見てると、陸奥が凶作というのが信じられないぜ」
    「安倍には産金や産馬、交易の富があるからな」


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