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ふたごもりの家

  • ア-04 (小説|郷土)
  • ふたごもりのいえ
  • 良崎歓
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 90ページ
  • 300円
  • https://ncode.syosetu.com/n96…
  • 2017/10/28(土)発行
  • 文学フリマ岩手開催記念アンソロ掲載の「ふたごもりの家」を中心に、和のあやかしと人間の絆や恋愛を描いた短編集。URLは、収録作から「玉繭の庭にて」です。「ふたごもり~」の後日談、遠野物語とかを絡めながらの秋のお話です。

    収録作は5編。
    「ふたごもりの家」「玉繭の庭にて」は、山奥の家に迷い込んだ娘と、家の主であるあやかしのお話。
    「ぼくはいつまでもきみのねこ」は、老猫と飼い主の少女の出会いと別れの春。
    「片翼の鴉」は、人の世に墜ちてきたショタ天狗と、それを拾った女子大生の秋から冬。
    「浜百合の道行き」は、脱走する座敷童と、その共犯となる青年の、涼しい夏の一日。

      *   *   *   *   *   *

    ↓ 「ふたごもりの家」抜粋

     もう三日も、森の中をさまよっていた。初冬の森は食べられるものも多くはなかった。それだけ歩き続けても、足は無意識に森の奥へ奥へと向き、里に出ることはなかった。たとえ帰っても再び棄てられることは、分かっていたから。

     夕闇に山鳩の声が響き、紫は身震いした。昨日は狼の遠吠えを聞いた。このあたりには人を化かす狐も出るし、うっかり禁制の地に踏み込めば天狗の怒りをかう、とも言われていた。
     自分は明日にものたれ死ぬだろうに、それよりもいま、迫りつつある夜が怖いなんて。なんて滑稽なのだろうか。
    「ふ、うっ」
     笑おうとしたが、うまく声が出ず、ただ息が漏れただけだった。
     木々の奥に僅かな明かりが見えたのは、そんなときだった。ゆらゆらと揺れる光は人工的なものにも思えたが、こんな山に人が棲んでいるだろうか。ならばあやかしか、鬼火の類か。いずれにしても、まともなものではない。
     それでも、橙色の光は、疲れきった紫の目にはとても魅力的に映った。もう、ものごとを正常に判断する力は残っていなかった。紫の足は、まるで引き寄せられるかのように明かりに向かっていった。

    (略)

    「そんなら、俺を飼ってみないかい?」
    「か、う?」
     うんうん、と、セツが頷く。
     紫は、目の前の青年をまじまじと見つめた。
     セツは今、自分のことをまるで犬猫のように言ったけれどとてもそうは見えぬし、もちろん頼まれたってそんな扱いもできるはずがない。
     では? と、紫は考え込む。人間を飼うというなら、紫が村でされていたような仕打ちをすればいいのだろうか。それは、セツにはどうにも似合わない気がするのだけれど。
     結局、紫はセツに尋ねた。
    「飼うって、どういうことでしょう」
    「お前さんは、麓の蚕飼いの村から来たんだろ? お前さんの家でも飼ってたかい?」
     確かに、紫の村は養蚕が盛んだ。最後に暮らした屋敷の主人も、織物の商いで身を立てたのだと聞いたし、実際に糸を紡ぐために今も蚕を飼育していた。そして、つい先日までは、その世話が紫の主な仕事だった。
    「お蚕さまのことなら、ひととおりはできます」
    「そうか、そりゃァよかった」
     セツは、ぽんと膝を打った。紫の方へにじり寄り、顔をのぞき込んでくる。
    「俺は蚕の成れの果てなんだ。羽はあるが飛ぶことは出来ねえ。人の手がなければ生きていけねえ。繭になるまでは誰かに世話してもらわなきゃァ」
    「だから、『飼う』ですか」
     蚕は家畜だが、里では同時に家に繁栄をもたらす存在として崇められてもいた。
     繭から出てくると姿形がすっかり変わっているのが、紫にとっては不思議でもあり、また好きなところでもあった。周囲の大人に尋ねると、『お蚕は繭の中で一から体を作り直すのだ』と言う。辛い日々の中、ならば自分も蚕になりたい、繭に入って生まれ変わりたいものだと、自分を励ます日も少なくなかった。
     セツが蚕だというのなら、彼のために精一杯尽くそう。紫の腹は、そう決まった。

    (つづく)


      *   *   *   *   *   *

    ↓ 「片翼の鴉」冒頭抜粋

     ひさびさに降りてきた里は、たくさんの楽しそうなものであふれていた。
     なかでも目を引いたのは、子供たちの行列だった。夕暮れと夜が混じり合う空の下、とりっくおあとりーとと経文を唱えながら歩いていく群れ。あおがらすは少年の姿で、列の一番後ろに混じった。経文の意味などさっぱり分からぬが、どうやら今日は祭りで、そこに並んでいればきらきらしたものを貰えるらしい、と気付いたからだ。ぴかぴか輝く綺麗なものは鴉だった頃から、あやかしとなった今でも好きだった。
    「はい、どうぞ」
     思惑どおり、あおがらすはきらきらのちいさな何かを手渡された。若い女が、悪意のなさそうな柔らかな声で、「べっこうあめだよ」と笑う。月のように輝く黄色いそれが食べ物らしいと知って、腹がぐうとなった。
     ――きれいなだけでなく、食えるなんて。
     あおがらすは逸る気持ちを抑えて『べっこうあめ』をいじり回した。どうやら、透明でつるつるした皮を剥けば中身が食べられるようだが、うまくつかめず、するりと逃げる。
     困惑しているあおがらすに差し伸べられたのは、白い手だった。顔を上げると、『べっこうあめ』をくれた人間が、微笑みながら言った。
    「よかったら、開けてあげようか?」
     細い指が、器用に皮を剥がす。それは外側のきらきらを剥いてもなお光り輝いていて、あおがらすは嬉しくなった。人間から、あおがらすの手のひらに、黄金色の塊がうつる。
    「食べたこと、ない? 普通に、こう、舐めるんだけど」
     ぽいっと、口の中に入れる動作をして、人間はそう言う。
    「おいしいよ、甘くて」
     ――あまくておいしい?
     どれくらい甘いのだろう。できがいい年の木苺くらい? 秘密の林に生えている、とっておきの山桑ぐらい? それとも、ヒトの畑で失敬した熟れかけの林檎くらい?
     あおがらすは勧められるがまま、ちいさな月を口に放り込んだ。舌の中ほどにおさまったそれを、上顎と舌とで転がす。最初は固いと思った感触は、徐々に丸みを帯びていく。
     とろり、取れた角が溶けてゆくと、これまで経験したことのない味が、あおがらすの舌の上ではじけた。
     どんな熟れた果物も菓子も敵わない甘さは、口の中で暴れているのではないかと思えるくらいにつよかった。心臓がどきどきと痛いほどに弾み、あおがらすのからだは頭のてっぺんからつま先まで、その甘さで、まるで痺れるようだった。そして涙が出るほど旨くて、実際、堪えきれずに目の端から雫が零れた。
    「だ、大丈夫? 具合が悪い?」
      『べっこうあめ』をくれた女が、うろたえている。黒い目をぱちぱちとまばたかせ、おろおろとあおがらすを見つめている。どうも、困らせているらしい。何か言わなくては、そう思った唇から、たった一言。
    「うまい」
     あおがらすは久しぶりに、人間相手に人の言葉を喋った。自分はこんな声をしていただろうか。ここしばらくは喋ることなどなかったから、思いのほか高い声に自ら驚いて、口を噤む。そうだ、子供の列に紛れるために、子供の姿をしていたんだっけ。後からそう思い出す。
    「よかったあ」
     女は目を細めて、笑った。山桜が綻ぶかのように明るく変化した表情に、あおがらすの心臓がはねた。さっきあまい月を食べたときよりも、つよく、つよく。体から飛び出してしまうのではないかと思うくらいに。
     なぜか、ここにいてはいけない、と感じた。体の底にまだ残っていた鳥の本能が、早く立ち去れと叫んでいるようだ。急かされるように、飛び立とうと紫色の空を見上げた。いまは鳥ではなく人の姿になっていたし、女の目の前だったけれど、構わず翼を出した。背中からばさばさと羽が生える様子を、女が驚いて見つめている。風切り羽の先の先まで伸びきったのを感じて、あおがらすは地面を蹴った。
     しかし、体は浮かなかった。低く飛び上がった体がぐらりと傾いて、あおがらすは膝から地面に落ちた。まっすぐ立つことすらできずに、がくりと膝を突く。黒い石で固められた地面が、あおがらすの肌を容赦なく傷つけた。
     おかしいと首をひねるより先に、体に感じた違和に振り返る。肩越しに見れば、翼が片方、無くなっていた。
    「ない、つばさが、ない……」
     呻くように言って、あおがらすの意識は、そこですうっと遠のいた。

    (つづく)

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