【pixivにて2章まで公開中】
女の人が通り過ぎた。何か暖かいものが薫った。
後ろ姿に目をやる。彼女の足取りは他の人たちよりゆったりとしていて、一歩一歩がやわらかかった。赤茶色の長いスカートが揺れ、髪の毛は黒く飾りっ気の無い流れをしていた。
私はなんとなく立ち上がり、彼女の彼女の暖かい温度が残るみちを辿っていった。
彼女はガラスの食器や料理に使う道具を買うでもなく眺め、時々手にとっては棚に戻した。服や靴も通りすがりに眺めるだけで買わなかった。
彼女は建物の自動扉から外に出て、歩いて別の建物に入った。私は彼女の後ろをついていき、対面の席に座った。店員が大きなメニューを広げ、彼女はそれに見入った。一つ一つ吟味し、時間をかけて考えた後、店員を呼んで注文をした。店員が去った後、彼女は私の方を見て質問した。
「あなた、お名前はなんておっしゃるんですか?」
私は面食らった。人間に話しかけられたのは初めてだった。私が見えているのか。
「名前…?
なまえ…」
仲間と話す時は名前なんか聞かれたことはなかった。
「あ、すみません。私は望月優実っていいます」
そういって彼女は少し笑った。なぜ謝ったのだろう。
「えっと、私は、ササムロっていいます」
昨日テレビに映っていた目がまんまるで可愛い魚を思い出して答えた。
「笹室さん。珍しい苗字ですね」
「ええ、お父さんお母さんがこの辺の出身じゃないので」
「どのあたりなんですか?」
「えーと、なんか、海の近くらしいです」
「なんか海の近くなんですか」
彼女は先ほどとは少し違う顔で笑った。
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