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その願い、届かなくとも

  • い-05 (小説|ファンタジー・幻想文学)
  • そのねがい、とどかなくとも
  • 藍間真珠
  • 書籍|文庫判(A6)
  • 188ページ
  • 700円
  • http://indigo.opal.ne.jp/
  • 2018/5/5(土)発行
  • 家族のために名声を得ようと競技会に参加したオウランは、判定員である『リシヤの魔女』から勧誘を受ける。
    狙われる判定員、参加者。親友の不可解な言動。
    戸惑いつつも勝ち上がったオウランは、次第に自分の思いに気づくようになり……

    家族と仕事を巡る異能力アクション恋愛ファンタジー。

    同世界観作品あり

    試し読み https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=9480795


    冒頭
    「そこまで!」
     細い腕が真っ直ぐ空へ掲げられると、編み込まれた長い髪が尾のように跳ねた。場違いに優雅なその様子を、オウランは固唾を呑んで見守る。
     寸刻の間の後、試合場を取り囲んでいた観客が一斉に声を上げた。地鳴りのような歓声に包まれながら、オウランは拳を握りこむ。
    「すごい」
     思わず声が漏れた。正直、今の対戦自体は取り立てるようなものではなかった。敵情視察するまでもないものだった。しかし、見る価値はあった。圧倒的なのは勝敗を決する判定員の方だ。この透明感のある『気』。そして迷いなく勝利を高らかに告げる声。それらがこんな華奢な少女のものであると、いまだに信じられなかった。
    「こんな長い試合なのに、全く気を抜いてない」
     オウランはついつい独りごちる。ごくありふれた水系の使い手と、剣を得意とする技使いの戦いは、派手さには欠けるが互いの実力は拮抗していた。長時間に渡る戦闘は、一瞬の判断の遅れが決定打となり得る。全力の一撃は、一歩間違えれば相手の命をも奪いかねない。一方が武器を用いているからなおのことだ。
     その決定的な一瞬を見逃さず、敗者の身を守った判定員の力は相当なものだ。『リシヤの魔女』などという異名がつけられているだけのことはある。彼女の実力は本物だった。
     しかし試合場を囲む観客たちはそんな事実もわかっていないだろう。彼らにとって、これは単なる見世物だ。恐ろしい現実を垣間見せることなく、汗握る楽しい試合に仕立て上げてくれる判定員の存在など目にも入らないに違いない。参加者がどれだけ力を発揮できるか、冒険できるかを左右しているといっても過言ではないのに。――判定員がどれだけ重要な存在なのか知っているのは参加者だけだ。
     熱気が次第に落ち着くと、ざわついた観客たちが一人、また一人と去っていく。別の対戦を見に行くのだろう。今の試合へのたわいのない感想があちこちで繰り返され、それも徐々に次の対戦の予想へと移り変わっていく。競技会は始まったばかり。ようやく予選が終わったところだ。まだまだ戦いはあちこちで繰り広げられている。一つ一つに熱中している者は稀だった。
     はたと気づいた時、試合場の周囲にはほとんど人が残っていなかった。涼やかな風が草を撫で上げ、さざめきを残すだけ。辺りを見回したオウランは首の後ろを掻いた。先ほどの喧噪が嘘のように静まりかえっている。
    「あら、お兄さん。見たことある顔。あ、もしかしてあなたも緑の組?」
     そこで不意にオウランは声を掛けられた。はっと振り返った彼の目に映ったのは、あのリシヤの魔女だった。華奢な体躯に白い肌、黒い瞳に黒い髪。特徴的な要素はないのに、その全てが絶妙な均衡のもとに配置されている。何よりもこの気。胸を穿つような透明感に、近くにいると息が止まりそうになる。
    「あ、ああ……」
    「何か捜し物? えーっと、ああ、オウランね。対戦表でも見た。覚えてる覚えてる。次の次の試合……ってことは明日か。あなたの戦いが見れるのはもう少し先のことなのね」
     朗らかに話しかけてきた少女を、オウランはまじまじと見つめた。先ほどの審判ぶりが嘘のような気安さは、幼馴染みのジルドスを彷彿とさせる。彼も優雅な見た目に反して言動が大袈裟で、そして人懐っこかった。
    「あ、ああ、そう、だな」
     オウランはかろうじて相槌を打つ。何か口にしなければと思うのに、間の抜けた声ばかりが漏れていった。奇妙な緊張感のせいで頭がうまく回らない。
     人間なら誰しも纏っているある種の気配を、彼ら技使いは『気』と呼んでいる。一般人には感じ取れないらしいが、技使いは当たり前のように読み取ることができた。気には強弱だけでなく個性もある。しかし、このような強くて透き通る気を放つ人間に、オウランは出会ったことがなかった。
     彼が続く言葉を探していると、今度は少女の方がじっとこちらを見上げてきた。全てを見透かすような黒い眼差しに鼓動が跳ねる。すると彼女は口の端を上げた。
    「――いい気をお持ちね。それにしっかり鍛えてる。年齢もちょうどいい。うん、問題ない」
     何かを確かめるよう独りごちる少女に、オウランは戸惑った。一体彼女は何を言っているのだろう。判定員はそんなところまで確認するのか?
    「あなた、宮殿で働かない?」
    「……は?」
     ついで少女の唇から放たれたのは耳を疑う言葉だった。口をあんぐりと開けたオウランは瞬きを繰り返す。宮殿で働かないかと、そう聞こえた気がする。まさか判定員からそんな誘いを受けるとは予想だにしなかった。
     確かに、四年に一度開かれるこの競技会の目的の半分は勧誘だ。技使いが自分の実力を周囲に見せつける場ではあるが、強い技使いを探している者たちにとっても、またとない機会だった。
     技使いたちは日常生活では大技を使うことがない。一歩間違えれば山や町を破壊してしまう可能性が高いからだ。子どもの頃は遊び半分で戦うことがあるが、成長するにつれてそれは難しくなる。炎を出せば木々や草が燃えるし、広範囲に水を撒き散らせば畑も荒れる。氷は作物の成長にも影響を与える。そもそも大概の大技は威力があるため、建物の破壊が問題となる。だから普段、大人の技使いは自分の力を制御して使用している。――間違った使い方をすれば、宮殿の者に取り締まられる。
     しかし強い技使いが必要となる場面もある。実力者を集めたいと思っている人間は、どこにでも存在した。そうした需要と、思う存分に力を発揮したいという技使いたちの思惑が一致した結果、宮殿主催の競技会が開かれることになった。人家のない草原に専用の会場を設置し、宮殿の監視下で力を競うのだ。この時だけは誰もが全力で戦うことを許されていた。
     オウランが競技会への参加を決めたのも、よりよい仕事に就くためだ。ここで実力を示すことができれば、各所から誘われるようになる。そうなればいい仕事を選ぶことができる。
     しかしだからといって、まさか宮殿側から誘われるとは思ってもみなかった。この世界を取り仕切る宮殿には数多くの人間が住んでいるが、そこでの生活については、あまりよい話を耳にしない。息苦しい場所だという。
    「じょ、冗談だろ?」
     オウランは乾いた笑い声をこぼす。つい丁寧な言葉遣いさえ忘れてしまった。判定員の機嫌を損ねるのは避けた方がよいことくらい彼にもわかる。しかし取り繕うのは無理だ。大体、気で全てわかってしまう。
     ――気には個性があるだけでなく、感情も反映される。だから技使いと相対する時、気から感情が筒抜けになっていると考えた方がいい。リシヤの魔女などという異名持ち相手に、ごまかせるはずなどなかった。
    「失礼ね。冗談じゃないわよ。あなた、まさか宮殿が善意でこの大会を支援してると思ってる? 何も考えていないと思う? もちろん、新しい人材を見つけるためなのよ」
     人差し指を軽快に振りながら、少女は得意げに笑った。先ほどの凜とした姿とは打って変わり、人懐っこい笑顔だった。それでも意志の強さを感じさせる双眸からは目が離せない。オウランは息を呑んだ。
    「そ、そうか、勧誘したいのは宮殿もなのか……」
    「そうそう。だからあなた、宮殿に来ない?」
    「いや、まだ、それは。そもそも予選が終わったばかりだろ……?」
     オウランは口ごもった。今後のことを考えると無下な対応はできないが、この誘いは気が進まない。宮殿に行くよりももっと割の合う仕事はたくさんあるはずだ。家族のことを考えても、仕事は慎重に選ぶべきだった。

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