新聞記者として中東を取材し始めてから二十数年。カイロ、イスタンブール、アンマン、ベイルート、テヘラン。各地を訪ねるたび、私は街角のカフェに腰を下ろしてきました。
取材を終え、ひとりで紅茶を飲む。水タバコの煙の向こうを眺める。店主と言葉を交わす。猫が足元を通り過ぎる。何をするでもなく、コーヒーの粉がカップの底へ沈むのを待つ。
いまはSNSや地図アプリを使い、短い旅でも名所や人気店、絶景を効率よく巡ることができます。しかし、予定をひとつ減らし、知らない街のカフェに入って、ただそこに座ってみる。そんな時間のなかで、初めて見えてくる風景もあるのではないでしょうか。イラク戦争や「アラブの春」など、大きな出来事を記者として追ってきました。その傍らには、記事にはならない人々の日常がありました。初の単著となるこの本では、そうした「ニュースにならなかった中東」を描いています。
「自分も、知らない街のカフェに座ってみたい」。読み終えた方に、そう思っていただけたらうれしく思います。