知将ふたたび −ミディアミルド物語 13−
- I-59〜60 (小説|ファンタジー・幻想文学)
- どーるーむふたたび
- 野間みつね
- 書籍|A5
- 108ページ
- 500円
- https://mitsune.jp/Epub/bibi/…
- 2024/10/27(日)発行
デラビダに居た時、ケーデルが言ってたから。敵方がひどく不利と見える時は、それが本当なのか、情報の見落としがないか、疑ってみる方がいい、って。
マーナのケーデル・フェグラムと同じく在野の軍略家ナドマ・リリ老の私塾出身であるセラディン・ペルテアは、招聘されたレーナで、望み得る限り最高の役職を得た。しかし、禁足処分中にも拘らずマーナを支えようとしているケーデルの動向がどうしても気になり、怏々として楽しまぬ日々を送る。或る日、そのセラディンを害そうとする輩が現われ……
野間みつねが高校生の頃から手掛けている、いわば“準ライフワーク”的な、架空世界の歴史物、第13巻。
※注釈※ ジャナドゥ;諜報活動などを行う忍びの者。初出では屡々“影”にルビを振る。“王の影”を意味する“ジャナドゥリン”という言葉に由来する名詞であることからもわかるように、本来は、王と王族にのみ仕える忍びの者。
=== 以下抜粋 ===
マーナ暦ガラ七年、晩冬第三月の二十六の日、都デラビダは、前日まで三日間降り続いた雪も朝の内に止み、長閑な陽射しに彩られる午後を迎えていた。
「春の気配が窺える気温になってきたな。風が随分と暖かくなった」
中庭に面した露台に据えている椅子ではなく、雪を払った露台の板敷そのものに胡座を掻いて座り込んでいる主ケーデル・サート・フェグラムの言葉に、侍女姿のグライン・ミルドラ・マーリは、円卓上に置いた木製の茶杯に陶製の煎じ壺からお茶を注ぎながら「はい」と応じた。
「積もった雪が融けてしまうには今少し掛かりそうですが」
続けて「お茶が入りました」と告げると、主ケーデルは、珍しくも手ずから刃を磨いていた長剣を鞘に納めて左脇に置き、彼女の方を振り返った。
「済まない、有難う。……何だ、私の分だけか」
「え?」
「お前も一緒に飲んでゆけと言いたかったのだが、まあ、今言われても、だな」
「も、申し訳ございません……」
「謝ることではない。事前に何も言わなかった私の方が悪い。……悪いついでだが、此処で飲みたい。持ってきてくれるか」
「はい、かしこまりました」
グラインは茶器を運んできた小盆に茶杯を載せると、座り込んだままの主の許へ運んだ。既になみなみとお茶を注いでしまった後の茶杯ではあったが、彼女の平衡感覚を以てすれば途中で零すことはない。
納めたリランが左手側に置かれているので茶杯は右手側に……と回りかけたところで、主が「こっちに」と左手側の板を軽く叩いた。彼女は大人しく従い、主の左手側に両膝を突くと、間にあるリランの鞘を避けつつ、主の手許近くに茶杯を置いた。
「……お前のその髪は、伸ばさないのか?」
不意の問い掛けに驚き、僅かに手が震える。茶杯を置いてしまった後で良かった、と内心で思いながら「はい、今のところは」と返すと、主は若干照れ臭げに笑った。
「いや、そうして髪を短くしているお前を見ていると、シベルリンを出立ての頃のお前のことを思い出してしまう。……もう随分と昔のような気がする」
グラインは目を伏せ、茶杯を手に取って口に運ぶ主から、そっと視線を外した。
(ケーデル様は……あの頃と今とでは髪型が全く違うという点には頓着なさっていない……)
彼女の髪は、昨年キャティラの都メーゾニアで囚われていた折、ジャナドゥ隊の隊長であるカージ・グム・ストルミンに切り落とされて肩にも触れぬ長さにされて以来、短いままである。短くしておく方が男装にも楽だという気持ちもあってのことだったが、侍女として振る舞う際に男のような髪型でも良くないという意識から、きちんと切り揃えて右で分け目を付けたり流したりもして、見苦しくならないよう気を付けている。雑な切りっ放しで少年のような髪型だった昔とは全く異なるのである。
(短いという共通項だけで、昔の私をお重ねになる……一ジャナドゥの身だしなみになど然したる御関心は抱かれていないのだと、嫌でもわかる……)
それを悲しいとつい思ってしまい、ぐっと気持ちを抑え込む。如何に主から“懐刀”として信頼されていようとも、自分は何処までもジャナドゥでしかない。今そこに転がっているリランのように、気が向けば目を掛けてもらえることもある“大切な道具”……だが、それでいいではないか。自分の一生はこの掛け替えのない主に捧げると、シベルリンの森にあるジャナドゥ養成所を出る時に誓ったのだから……
「……メーリャ、耳を貸せ」
不意に耳に届いた低い囁きにハッと顔を上げたグラインは、飲み干した茶杯を置いた主の左手にいきなり強く抱き寄せられ、咄嗟には物も言えぬほど動転した。
「誤解するな。……気付いていないのか、この害意に」
真っ赤になった耳許に囁かれ、辛うじて自分を取り戻し――ギクリとなる。何者かが、この中庭まで潜入してきて、灌木の茂みに身を潜めている。圧し殺された殺意と共に。しかも、あろう事か、少なくとも五人。
時として彼女達ジャナドゥ以上に他人の気配に敏いことがあるケーデルだからこそ、気付けたのであろう。
───「刺客」より
