捻り出しミックスナッツ −ジャンルごた混ぜ短編小説集 3−
- I-59〜60 (小説|ファンタジー・幻想文学)
- ひねりだしみっくすなっつ
- 野間みつね
- 書籍|A5
- 60ページ
- 300円
- https://mitsune.jp/Books/raih…
- 2019/8/4(日)発行
……あのな、紀博、いいんだ、男だって、目から汗掻いても。
銀河連邦の植民惑星のひとつソイ星で生まれ育った少女レベッカは、或る日、風変わりな目的を持って出掛けた場所で、不思議な青年と出会う……
一次創作4本「肖像画」、「引退」、「ミンヘの場合」、「今回限り」と、二次創作「来訪者」を、それぞれ全てリライト/リバイス/書き下ろしして収録。
=== 以下抜粋 ===
ふと、涙が滲滲んでくるのを感じた。
放っておいたら、どっと溢れそうになる。
その衝動を堪えながら立ち尽くしていた俺の左肩に、誰かが後ろから軽く手を置いた。
「敏明、お前……泣いてるのか」
「……誰が泣くか。汗だ汗」
「嘘吐け」
俺の肩に置いた右手に少し力を込めた頼山紀博は――小学校の頃からの親友は、溜め息のような声で呟く。
「目から掻く汗があるか。暗くったって誤魔化せないぞ。……バスが来てる」
俺は黙って頷き、紀博が余所見をしてくれている隙に、ぐいと拳で涙を拭った。
貸切バスに乗り込み、紀博と一緒に最前列に座る。同じ吹奏楽部の、同学年の女子達が、しゃくり上げたり啜り泣いたりしながら、俯きがちに乗ってくる。
――最後の競演会だったのに。
みんな思いは同じ。俺達は中学三年生、今は秋。これで部活動も引退だ。
「気を落とすなよ。お前が悪いわけじゃないんだし」
紀博がポツンと、呟くように声を掛けてくる。俺は思わず奴の目を見た。……涙はない。
「お前……泣いてないんだな」
「泣けないよ」
奴は、少し寂しそうな笑みを浮かべた。……そういえば奴は、両親を相次いで亡くした小学四年の時にも「男の子は軽々しく泣くもんじゃないって、いつも父さん母さんに言われてた、だから泣いたりするもんか」と言って、本当に一度も泣かなかった。そんな紀博からすれば、この程度のことで泣くなんて、有り得ないのだろう。
……そう、きっと、大多数の大人から見れば「この程度」のことに違いない。秋の吹奏楽競演会、特別区予選で、俺達の麻加奈中学校が“優良校”になったなんてことは。
やがて、紀博の右隣の補助席に、部活顧問の芦波涼子先生が座る。全員が席に着いてシートベルトを締めていることを確認して後、バスはふわっと地面から浮き上がり、滑るように発進した。
俺は、窓の外の夜景に目を遣る。
――どうして、こんな結果に。
そんな思いが涌く。俺は唇を引き結び、再び込み上げそうになる涙を呑み込んだ。
俺、道野敏明は、トーキョー・シティ特別区立麻加奈中学校の吹奏楽部で三年間、トランペットを吹いてきた。麻加奈中の吹奏楽部は、秋の吹奏楽競演会の常勝校で、トーキョー・シティ中の吹奏楽部員憧れのサクラホールに於いて開催されるトーキョー・シティ大会にも必ずと言っていいほど進み、そこでも、最優秀校には手が届かないまでも連年のように優秀校として表彰されてきた実力校だ。
そんな俺達の吹奏楽部が臨んだ、今年の秋の競演会。トーキョー・シティ大会へ進める最優秀校二校の中に、麻加奈中の名前はなかった。更に、優秀校八校の中にも。
「嘘、嘘ーっ!!」
「嫌ーっ、優良校なんて欲しくないーっ!!」
観客席で結果発表を聞いた同級の女子達が、わんわん泣き叫ぶ。俺は、その悲鳴のような声を後ろに聞きながら茫然と、ステージ上で優良校の賞状とちっぽけな楯とを受け取る部長の……紀博の姿を見つめるしかなかった。
───「引退」より
