こちらのアイテムは2022/10/23(日)開催・第八回文学フリマ福岡にて入手できます。
くわしくは第八回文学フリマ福岡公式Webサイトをご覧ください。(入場無料!)

#Nostal

  • あ-07 (詩歌|イラスト・写真)→配置図(eventmesh)
  • のすたる
  • 鈴木F
  • 書籍|B6
  • 110ページ
  • 1,500円
  • 2019/11/24(日)発行
  • #生きていくって
    #わたし
    #Nostal

    かなしげな詩を12編収録しています。

    収録詩の中から2つだけサンプルとして置いておきます。気になるかたはぜひ当ブースまでお越しください。

    ―――――――――――――――

    水槽

    夕闇が迫っていました。
    幼い日のわたしは友達の家から帰る途中、
    水を張って間もない田んぼのその中で
    軽やかに泳ぐ昆虫を見つけました。
    わたしは急ぎ家に帰り、虫籠を引っ掴むと、
    息もつかずに駆け出しました。

    虫籠から水槽に移された虫は、
    戸惑いつつも新たな場所に慣れ親しんでいきました。
    カルキの抜けた水を悠々と泳ぐ姿に
    わたしの心も泳ぎ出すようでした。
    虫は三びきいました。
    その三びきが、三びきとも、違う顔をしていることが、
    わたしには、はっきりとわかりました。
    日増しにその虫たちが可愛く思えてきてなりませんでした。
    虫たちも親密な視線をこちらに送ってきたものですから、
    そのせいもあったのかもしれませんが、
    わたしは土を敷き、草を植え、水を換えては、
    わたしの可愛い虫たちのために美しく綺麗な世界を守ろうとしました。
    創造主にでもなったつもりだったのでしょうか、
    世界を創るという営みの、いかに愉しかったことでしょう。
    今にして思えば、
    己の傲慢な愚かさに恥じ入るところではありますが、
    ともあれ、そういう夏があったのだ、
    ということです。

    それからしばらく経ったある日のことです。
    玄関の隅に目をやると、
    小さな水槽に蜻蛉が閉じ込められていました。
    一ぴき。
    はて、とわたしは母に尋ねました。
    ――蜻蛉がおるんやけど、母ちゃんが捕まえたと?
    母は言いました。
    ――あんたが捕まえてきたんやろうも。ヤゴ。
    ――ヤゴ?
    わたしは図鑑を探してぱらぱらとめくりました。
    蜻蛉の項を見つけてわたしは、
    あの日捕まえた虫がヤゴであったこと、
    ヤゴは蜻蛉の幼虫であることを知りました。

     あんなにも悠々と泳いでいた虫が、
     あんなにも悠々と空を飛ぶ虫になる!

    水槽の中の蜻蛉は翅を震わせていました。
    わたしは水に浮かんだ二ひきのヤゴを見やりました。

    死んでいました。

    二ひきとも。
    体のあちこちが引き裂かれていましたから、
    おそらくこの蜻蛉に食べられたのでしょう。
    そこにあったのはもう、
    美しく綺麗な世界などではありませんでした。
    世界を創る愉しみに満足して、
    それを維持することを放棄した創造主は、
    忘れ去られてしまった水槽を前に憮然と竦み上がりました。
    腐って濁りきった水を泳ぐものはありませんでした。
    プラスチックに囲われた空を飛ぶものはありませんでした。
    本来ならば悠々と空を飛ぶはずのものは、
    その翅を徒らに震わせるだけ震わせて、
    大きく発達した目で、じいっとこちらを覗いてきました。
    その顔を見ながら、
    わたしにはもう、三びきを見分けることなどできない、
    いや、最初からできてなどいなかったのではないか、
    と、思わずにはいられませんでした。

    全てはわたしの思い違いだったのだと、
    その時になってようやく理解しました。
    ヤゴたちはわたしの世界に慣れ親しんでなどおらず、
    わたしのことを睨み上げるその視線を、
    わたしだけが勝手に読み違えていたのではなかろうか―。
    いや、もはや、
    そうした推測すらもおこがましいことでありましょう。
    傲慢で、愚かで、おこがましいことでありましょう。

    わたしは水槽の蓋を開けて、
    尚も翅を震わせ続ける蜻蛉を解放しました。
    一つとして躊躇う素振りも見せずに、
    蜻蛉は秋晴れの空へと舞い上がりました。
    初めての飛翔にふらつく様子を見ながらわたしは、
    軽やかに泳いでいた頃のヤゴたちのことを思い出していました。
    田んぼの灌漑水の中で悠々と泳いでいたその姿を。
    そのイメージが眼前の光景と重なって、
    わたしは抱えた水槽から手を離すことができなくなりました。
    囚われの世界から逃げ出すことのできた唯一の犠牲者を
    悠々と飛ぶ他の蜻蛉の群れから見分けることは、
    余りにも単純で、堪えがたく容易でした。

    わたしは残った二ひきのヤゴを
    家の小さな庭に埋めました。
    水の中でも、空の中でもない、
    暗い地の中、
    次なる牢獄をわたしは、
    用意するしかありませんでした。
    そうして全てが終わった時、
    わたしは見たのです。
    陽がすっかり落ちてしまった暗闇の中で、
    洗われていない水槽の口の奥に
    深く真っ黒な淵が開けているのを。
    わたしは、この目でしっかりと、
    見たのでした。

    ―――――――――――――――

    旅先にて

       一

    旅先で弱り果てた仔猫を見かけました
    真夏
    坂を上ったあたりの
    側溝に二頭
     ミャオ


    小さく
    どこか近くで声の聞こえたものですから
    探索すると
    痩せ細って
    目脂をたっぷりこさえた
    仔猫が二頭
    浮いた肋骨は
    わたしの小指のように細く
    簡単に折れてしまいそうな
    その肢体
    ああ
    もう長くはないだろう

    素人目にも

    晩方
    宿の部屋で一人寝していると
    ふと眼が覚める
    深夜に
    前触れなどありはしません
    不意に、です
    それはそう
    誰しも起きたくて起きるわけじゃあない
    「一生寝ていてもよろしい」
    と言われたならば
    鵜呑みにする人間のどれほど多いことか(わたしもその一人ではあるが)
    とまれ、風の強い日でしたから
    風音に呼ばれたのかもしれない
    事のついでと
    仕方なく体を起こして
    用足しに向かったのであります
    灯りの消えた真夜中
    廊下をしばらく行った辺りで
     ミャオ

    聞こえた
    ならば、いよいよ怪談めいてくるものです
    が、そのようなことはなく
    そのまま事を済まして部屋へと戻り
    何事もなく床に就く
    それだけの夜にも関わらず
     びゅう
     びゅう

    わたしの上空を
    風は吹くのです
    もしかしたら風にとっては
    「それだけの夜」ではなかったのかもしれない
    ああ、そうだ、そうだ
     ミャオ
    などと、聞こえるはずもないでしょう
     びゅう
     びゅう

    風は泣いているのですから

    明け方
    人間たちがまだ寝静まっている頃
    わたしは薄い布団を抜け出して
    坂を上ります
    これほど気が乗らないこともない

    これほど気に掛かることもない
    昨日の側溝を前にして
    耳を澄ませます
    すると
    どうでしょう
     ミャオ

    聞こえることはない

    ああ、そうだ、そうだ
    あんな風の晩に
    こんな寂しい場所で
    じいっと
    堪え忍ぶことがあろうか
    きっと逃げ出したのだ
    逃げ出したのだ

    わたしは
    側溝を覗き込むことはせず
     逃げ出したのだ
     きっと
     逃げ出したのだ

    独り言をぶつぶつ
    呟きながら宿への道を下っていきます
    宿に戻ると主人は
    起きて朝食の支度をしており
    わたしが断りも入れずに出て行ったことに小言を一つか二つ……
    それを
    へえ、へえ
    と、聞き流しておりますと
    それきり何も言わなくなったので
    これ以上怒らせることもあるまい

    わたしの方も黙り込んで
    部屋には
    カタカタ

    炊事の音が鳴るばかりとなったのでした

    (続く)
    ―――――――――――――――

    他にも詩集、短歌集等ありますのでそちらもよろしくお願いします。

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